祖業のイトーヨーカ堂が遂にグループから離れる

 国内最大の流通グループ、セブン&アイ・ホールディングス(HD)の解体が実行段階に入った。イトーヨーカ堂、ヨークベニマル、赤ちゃん本舗、ロフトなどコンビニ以外のグループ会社31社を統括する中間持ち株会社、ヨークHDの売却手続きに向けた1次入札で、米国投資ファンドのKKR、ベインキャピタル、国内投資ファンドの日本産業パートナーズ(JIP)の3社が通過。各陣営による資産査定などを経て具体的な交渉を進め、2025年春頃までに最終的な売却先を決定する方針で、祖業のイトーヨーカ堂が遂にグループから離れることになったのだ。

 24年4月、セブン&アイはスーパー事業(イトーヨーカ堂、シェルガーデン、ヨークベニマル)の新規株式公開(IPO)を打ち出していた。イトーヨーカ堂の構造改革を完遂し、25年度にヨーカ堂、シェルガーデンのEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)550億円以上、ROIC(投下資本利益率)4%以上を達成。その上で27年度以降の株式公開を目指し、上場後はセブン&アイの出資比率を下げて持ち分法適用会社にするというものだ。

 それが一転。10月に「スーパーストア事業」として一括りにした31社を束ねるヨークHDを急遽設立。その保有株の過半数を売却して持ち分法適用会社にするという「分離計画大幅前倒し」の方針に変わったのは、カナダのコンビニ大手、アリマンタシォン・クシュタール(ACT)から買収提案され、防衛策としての「株価向上」が待ったなしになったためだ。

 中核のコンビニ事業を買収されないための窮余の策と言えるが、いざ入札を実施すると、サミットの親会社である住友商事を含めて7社以上が参加。文字通り争奪戦となり、1次通過の3社もかなりの「高値圏」競争になると見られている。

 業績不振が続くイトーヨーカ堂はグループの「お荷物」と言われ、物言う株主などから分離を要求され続けてきた。実際、23年度で4期連続の最終赤字だ。ただ、保有する純資産は約5000億円に上っている。しかもほぼ無借金経営で自己資本比率は70%超と、財務体質はピカピカだ。これに東北首位のSMで、純資産約2000億円のヨークベニマルが付いてくるとなれば、争奪戦になるのは当然だろう。

イトーヨーカ堂の本社が入る日立大森第二ビル

 収益改善のための構造改革も、今回は計画通りに進んでいる。エリアを首都圏に集中するための33店閉鎖は、24年度で完了。食に集中するための自主アパレルからの完全撤退も、ほぼ完了。24年1月に早期退職を実施し、組織をスリムにするための人員整理も終了。さらに23年にセンター出荷型に移行したが、黒字化の見通しが立たないネットスーパーからも撤退すると発表。代わって25年2月からオニゴーと組んだ、最短70分で届ける新たな店舗出荷型ネットスーパーを開始する。

 自主アパレル撤退後の直営売り場は、食品と日用品や化粧品のHBCを隣接させた「フード&ドラッグ」を核に、肌着、子ども、アダストリアの衣料品ブランド「ファウンドグッド」を商圏に応じて組み合わせる形で構築。食品は惣菜強化、子どもはリトルプラネットと組んだデジタル活用のアミューズメント施設を導入するなど、特に30代、40代のファミリー層の取り込みに力を入れている。

 惣菜はピースデリが運営するグループ共有の惣菜工場からの供給がスタート。これを機に惣菜売り場を「ヨーク・デリ」ブランドで展開。唐揚げ、ポテトサラダ、和惣菜、だし巻き卵、弁当など、素材や品質にこだわったヨーカ堂独自の商品を増やしており、「ヨーク・デリ」立ち上げ前に比べて惣菜全体の売り上げが5%伸びている。

イトーヨーカ堂が惣菜を刷新しヨーク・デリを導入

 24年度は投資額を前年の3倍の200億円に増やし、惣菜、冷凍食品を拡大する改装も加速。子どものアミューズメント施設を導入した店舗では、食品との相乗効果も出ており、23年4月に改装したららぽーと横浜店は、2年目に入っても売り上げが伸びているという。

西友は高く売却するため利益しか考えていない

 ヨーカ堂の首都圏の店舗は、駅前など「今からではとても出せない」(SM役員)好立地の店舗が多い。大量閉鎖で店舗数はピーク時の182店から92店(24年度末)に半減したが、それでも9500億円規模の売り上げがある。しかも店舗を集中させた首都圏は、何と言っても肥沃なマーケットだ。そのため「ヨーカ堂さんとはこれまで以上に関係を深めたい」と語る取引先は少なくない。

 マーケットが肥沃なためだけではない。「ヨーカ堂さんには何としても頑張ってほしい」と、売却が発表されて以降、販促に積極的に協力したり、若干ながら好条件を提示したり、「取引先の応援団ができている」(加工食品メーカー役員)という。「ヨーカ堂さんにはやっぱり思い入れがあるから」と語る菓子メーカー幹部もいる。

 ただそのヨーカ堂も、今後は売却先のファンドが命運を握る。1次通過を逃した住友商事や店舗の価値に目を付ける不動産会社、あるいは小売業が、ファンドと組んで買収交渉に臨む可能性もある。

 ヨーカ堂は現在も27年度以降のIPOを目指しているが、ファンドの未上場企業の出口戦略には「上場」と「売却」がある。後者が選択された場合、競合他社に売却される可能性もある。セブン&アイが売却後も一定の株を保有するのは、グループPB「セブンプレミアム」の共同開発を続けるためだ。それを考えればイオンに行くことは考えにくいが、可能性がゼロとは言えない。

 1次通過のKKRが手掛けた案件には、買収した企業を再生して元の親会社に売り戻したケースもあり、創業家が株を買い増す可能性も否定はできない。東北は人口減少が著しいため、セブン&アイを離れたヨーカ堂とヨークベニマルは「やはり統合するのではないか」と見る向きも多い。ヨーカ堂の動向次第では、業界地図が大きく塗り替わる。5月の株主総会後にセブン&アイHDは「セブンイレブン・コーポレーション(仮称)」に社名を変える予定だが、社名から「アイ」が消える影響はいずれ激震になる可能性をはらんでいると言っていい。

 業界地図を大きく変えるのは、親会社のKKRが出口戦略を開始した西友も同様だ。すでに北海道の店舗はイオン北海道、九州の店舗はイズミに売却。残るは本州で、25年中に売却されると見られている。日々の商売も「少しでも高く売却するため、いかに利益を出すか。もうそれしか考えていない」と取引先は口を揃える。

西友は九州のサニーをイズミに売却

 利益を増やすため値上げを最大幅で行うので、「今や定番価格が商圏内で一番高い」(取引先)。そのためお客が激減。西友は23年にシステム障害が発生。多くのNBメーカーが売り上げを2割程度落としたが、24年は「そこからさらに二割減っている」と語るメーカーが複数に上る。それでも商談は、まず利益率。しかもその商品を扱うかどうかの判断は、KKRが下しているという。

 ただ西友は本州に242店(東北19店、関東133店、中部71店、関西19店)あり、そのうち74店は東京にある。しかもヨーカ堂同様、駅前立地の店舗が多い。都内に店舗が少ないイオンリテールにとっては、喉から手が出るほど欲しい出物で、売却先は「おそらくイオン。そうでなければトライアル」というのが関係者の一致した見方だ。

 西友の本州の売上高は、23年度で約5400億円。24年度はそれより少ないと見られるが、5000億円としてイオンリテールの約1兆9000億円を合算すると約2兆4000億円。ヨーカ堂が1兆円を切った中でこの再編が起きれば、GMSは全国各地でイオンの寡占となり、文字通り「イオン一強」となる。セブン&アイがコンビニ専業になっても、海外を含めた流通総額は日本の小売業で最大だが、国内だけでは5兆円台。しかも10兆円規模のコングロマリットはイオンのみとなり、その意味でも「流通二強」から「イオン一強」の時代に突入する。

イオンリテールは大型店も300坪も手掛ける

 その中核企業イオンリテールの24年度上期は増収ながら、82億円の営業赤字となった。増収・赤字の要因は、猛暑だ。人件費、光熱費が増加するのは織り込み済み。そこで衣料品の構成比を高めて粗利を稼ぐ計画だったが、暑すぎて得意の浴衣、水着が不振。9月も夏物を長めに展開したが、それ以上に暑さが続き、対応できなかった。ちなみに惣菜、生鮮の最適な割引率を提示する「AIカカク」も、あまりの猛暑で誤差が出たという。

 下期は接客強化などの手も打って挽回。通期では営業黒字の見通しだが、「天候不順は今後も続く。お取引様と一緒に抜本的な対策を考える時期に来ている」と間渕和人執行役員経営企画本部長は言う。

 季節商材が足を引っ張り、衣料品自体は苦戦したが、23年の船橋店の改装で始めた「船橋店モデル」は絶好調だ。売り場を生活シーン別に六つに区分し、選びやすさを実現。また接客で売るものを明確にして、そこでは接客を徹底的に強化しているのが特徴だ。若い世代向けの売り場をモールとの境に配置することで、モールのお客を取り込むことにも成功している。24年度は16店を同モデルに転換。25年度もほぼ同数の転換を予定しており、船橋店モデルが30店になると、イオンリテール(約370店)の衣料品全体の粗利の3割を稼げる状況になるという。

 住居余暇はまだ黒字化の道が見えず、試行錯誤が続いているが、23年に改装した船橋店は堅調に推移。ライフスタイル別の売り場を構築し、PB「ホームコーディ」の構成比を7割に高めたものだ。これを受けて海浜幕張店で、ほぼ全部をホームコーディにする試みを実施。また24年9月に改装した大日店では、大人の文具、観葉植物など余暇商品を大幅に強化。両店とも数字が上向いているため、25年はこの三つのパターンを広げる予定。人件費を抑えるため、衣料品に続いてセルフレジも導入する計画だ。

イオンリテールはセルフレジを住居余暇の売り場にも積極導入する(写真は衣料品売り場のセルフレジ)

 衣料、住居余暇が低迷する中で既存店がプラスで着地、客数も伸びたのは、食品とHBCが健闘したためだ。食品はPB「トップバリュ」が引き続き伸長。また成長カテゴリーの精肉、冷凍食品、デリカ、対面鮮魚の売り場を拡充する改装も継続的に実施。中でデリカは千葉県に開発機能を備えた新PC「クラフトデリカ船橋」を新設。惣菜のSPA化を推進、またシェフ経験者などが参画して外食に負けない高品質商品を提供する関東の製造拠点で、6月に新ブランド「クラフトデリカ」を発売。売り上げも好調だ。

 この食品を中心に、24年度は60店を改装。25年度も60店以上を計画しており、食品では付加価値型の売り場・商品を差し込むラインロビングを強化。カフェランテ、アットフローズン、焼き立てピザなどの導入店やクラフトデリカのメニューを増やしていく。トップバリュを軸に価格競争力を強化して、節約志向に対応。一方で付加価値商品も増やして、粗利を確保していく構えだ。

デリカでは焼き立てピザなどの導入店や「クラフトデリカ」のメニューを増やしていく

 インフレ下で利益を確保するため、25年度は経費構造にもメスを入れる。すでに人時などの経費コントロールを見える化する仕組みを導入。本部もスリム化し、人員を店舗に振り向ける。組織改革ではエリアも再編し、「現在の6カンパニーから4カンパニーに移行する」(業界関係者)と見られている。

 24年度は7店を出店。25年度は近畿のダイエー3店の承継を含めて10店以上を計画している。このうち秋開業予定の須坂店は大型GMSだが、後は都市型SC「そよら」が中心だ。さらに京都で300坪程度の小型SMの出店も始めており、すでに5店展開。25年度は新潟でも開業予定で、「いい物件があれば大型店でも300坪でも500坪でもやっていく」(間渕執行役員)と、シェア拡大意欲は全く衰えていない。そのイオンリテールに、第二の創業に踏み出すイトーヨーカ堂、関西地盤の平和堂、中四国・九州地盤のイズミがどう対抗していくのか。25年の大手スーパーは、「イオン一強」時代の新たな生存競争が始まる年になると言える。

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