化粧品メーカー伊勢半が創業200周年を迎えた。同社のルーツは文政8年(1825年)、江戸・日本橋で創業した紅屋「伊勢屋半右衛門」である。良質な紅(紅花の花弁から抽出される、わずか1%の赤色色素)で作った伊勢半の「小町紅」は、玉虫色の光沢が好評を得た。それ以来、創業者・澤田半右衛門の哲学「品質向上に向けて創意工夫を重ねる精神」を受け継ぎ、明治維新や文明開化、数度の戦禍や震災を乗り越え、日本はもちろん、海外3法人を構える化粧品メーカーに成長した。創業200周年を機に、伊勢半はパーパスを刷新。澤田晴子社長に次の100年に向けた取り組みについて話を聞いた。

四つの基礎固めで競争力を磨く

 ——伊勢半は日本を代表する老舗企業です。息長く事業を続けられたのは、なぜでしょうか。

 澤田 創業以来、お客さまの美しくありたいという願いに応えようと、ひたむきにものづくりに取り組んできました。伝統を守りながらも革新を重ねてきたからこそ、創業200周年という記念すべき年を迎えられたと思います。例えば「小町紅」は創業時の製法を受け継ぎ、今でも製造販売しています。「紅」の技法を持つ企業は、いまや伊勢半のみになりました。それだけに日本の伝統的な化粧文化をこれからも継承していきます。その一方で、時代の変化をいち早く察知し、西洋風の化粧品開発にも挑みました。高品質な商品と遊び心あふれるユニークな宣伝販促の両輪を回し、お客さまに愛されるブランドを市場に送り出し、化粧品メーカーとしての礎を確立。昨今は韓国コスメなど海外ブランドが国内市場で台頭していますが、おかげさまで弊社は好調な実績を維持することができています。

江戸時代から受け継ぐ伝統の技で作った「小町紅」

 ——その要因は何でしょうか。

 澤田 まず流通業の皆様から多大なサポートを得ていることです。各社それぞれの成長戦略がある中、伊勢半の商品やコミュニケーション戦略に耳を傾けていただいています。最近は、営業担当者が企画する販促動画やPOPを製作して売り場に展開し、お客さまから好評を得ているのですが、このような伊勢半が遊び心を発揮できるのは、ひとえに流通業の皆様の深い理解があるからだと思っています。

 ——流通業、消費者に支持される戦略を生み続けるヒケツは。

 澤田 何事においても重要な基礎を固める取り組みを着実に継続してきたからです。特に次の四つの取り組みを重視しています。①市場の期待に応え続けるため、どうしたらお客さまを喜ばせることができるか常に念頭に置いた発想をすること、②高いアンテナを張り巡らせ、いち早くお客さまが求めているニーズやインサイトをキャッチすること、③格段にスピードを増して変化していく市場に適応するため、スピーディーな意思決定を円滑な社内連携で進めること、④災害以外にも多様な経営リスクが存在する中で様々なBCP(事業継続計画)を想定したトレーニングを行い、不測の事態に揺るがない対応力を備える、がそれです。これらの取り組みは、社員が意識して行動できるまで浸透しており、それが伊勢半の競争力の源泉になっています。

新パーパスに基づき感動品質を追求

 ――創業200周年は偉大な実績。ただ見方を変えれば、通過点に過ぎない。次の100年に向けて、どのような戦略を描いていますか。

 澤田 これまで化粧品業界の中で真っ先にお客さまの思いにお応えしようと努力を重ねてきました。その伊勢半がさらにその先へと歩みを進めるために、パーパス(企業の存在意義)を刷新します。それは「The 1st Cosmetics.伊勢半 いちばんほしいを、いちばんに」です。伊勢半の商品を手にした瞬間に歓び、使った瞬間に驚く。そのような感動品質の商品を作り続ける化粧品メーカーの責務を表現しています。前例のない物事に真っ先に進取果敢にチャレンジする姿勢であり続け、時を超えて愛される商品づくりのために変化に柔軟に対応し、進化を続ける企業風土を醸成します。パーパスに込めた思いを胸に、世界中のあらゆるお客さまを幸せな気持ちにすることで、200年のその先も末永く愛される企業を目指します。それと新パーパスに合わせて企業ロゴも変えました。

 ――どのようなものでしょうか。

 澤田 新しいロゴは、社名の「伊」の文字から着想を得ています。企業としての一体感を表現するとともに、日本企業らしさを表現するために印章をモチーフにしています。200年前から変わらない品質へのこだわり、誠実さをもとに品質を保証する、太鼓判を押すをイメージしています。そしてグループ各社の事業構成を明確化し、より一層グループシナジーを高めるために、本社機能を担う伊勢半本店の名称を25年1月1日から伊勢半ホールディングス(HD)に変えました。資本構成などの変更はなく、グループ全体で統一感のあるコーポレートブランディングを展開します。

新しい企業ロゴは、社名の「伊」の文字から着想を得ている

 ――パーパスを実現する社員の力は、どう引き出しますか。

 澤田 オフィス環境をリニューアルしました。主にお取引先さまやお客さまとの応対に使用する1階は、さまざまな用途に対応できるミーティングルーム、カウンセリングサロンなどを設置。3階の執務エリアにはクリエイティブラボを置き、社員が思い思いのスタイルで心地よく働ける環境を整えました。例えば、商品の色みを正しく確認するための調光機能付きライトがある大きな作業台、オンラインミーティング用の個別ブース、広々したソファスペースやバルコニーなどがあります。ミーティングだけでなく、リフレッシュタイムにも使用できます。200年という歴史はともすると保守的で、閉塞感を生む風土になりがちです。新しい風を常に取り入れ、伊勢半のものづくりの精神をさらに昇華させることで、新たな価値を提供し続けたい。社員同士、ステークホルダーとのコミュニケーションからイノベーションの機会になると考え、オフィス環境を大胆に変えました。


キスミー フェルム ルージュアクト

 ――200周年のキャンペーンはありますか。

 澤田 新パーパスのキービジュアルを世の中に広く発信するとともに、紅が原点の伊勢半らしく200周年を象徴する口紅を新発売します。「小町紅」の原料抽出時に出る廃材をアップサイクルした独自成分を使います。ただ、200周年はあくまで社内の節目ですから、お客さまとの接点を担っている各ブランドを盛り上げることに力を注ぎます。例えば、25年は主力ブランド「ヒロインメイク」が誕生20周年を迎えます。年間を通して特別な商品を発売するほか、生成AI(人工知能)を活用したコンテンツを開発中です。さらに「キスミー薬用ハンドクリーム」は誕生50周年を迎えます。1975年10月の発売から現在まで処方は一切変えておらず、たくさんのお客さまにご愛用いただいています。改めてお客さまにロングセラー商品に興味を持っていただくために、店頭を盛り上げられるようなご提案を強化したいと考えています。