遠隔地の薬剤師が忙しい他店の業務をサポート

 「受付を始めます。会員証はお持ちですか」
 「忘れました」
 「処方箋の事前送信はお済みですか」
 「事前送信って何?」
 「事前送信は予め処方箋を送っておくことで、受付がスムーズになるサービスです。送信していない場合はそのまま受付を進めます。次は処方箋をスキャンしますので準備してください」

 ドラッグストアの調剤受付。処方箋を手に訪れた患者とやり取りするのは、人ではなく小さなロボットだ。

 ロボットやCGアバターとAI技術を組み合わせた「薬急便(やっきゅうびん)遠隔接客AIアシスタント」。サイバーエージェントが薬剤師の生産性向上を目的に、今年8月より提供を始めた。このサービスがいまドラッグストア各社の注目を集めている。

 これを導入することで可能になるのは大きく二つ。受付業務の無人化と、受付や服薬指導時のオンラインによる遠隔接客だ。

遠隔地の薬剤師が中央のモニターで患者の様子を確認しながら応対できる。会話の内容は自動で文字起こしされる

調剤の待ち時間モニターには広告やお知らせも配信できる

 患者が受付に訪れると自律対話ロボット、あるいはCGアバターが反応して自動で話しかける。患者は会話をしながら、あるいはモニターに表示されるボタンを押しながらやり取りを進め、処方箋をスキャンして読み込ませるなどして、受付番号の発券を済ませる。サイバーエージェントはAIによる接客対話技術の研究に8年を費やしている。 接客対話をAIがフォローすることで、 受付業務も兼務する薬剤師は専門性の高い調剤業務や接客に集中できる。

 ポイントはすべてをAIに任せないこと。複雑な状況や質問への対応は遠隔地にいる〝人〟がロボットを介して患者と会話することができる仕組みも整える。例えば本部内に複数店舗をカバーする受付専用スタッフを常駐させ、カメラごしに困っている患者がいれば、その場で会話しながら問題を解決するといったことが可能だ。7割程度をAIが対応し、残り3割程度は遠隔で人が対応することで、顧客満足度を落とすことなく、業務効率化を図る。

 そしてこの技術はそのまま服薬指導にも応用できる。患者が望めば、薬局内の専用スペースで遠隔地の薬剤師によるオンライン服薬指導が可能になる。店舗の薬剤師が忙しい際などに余裕のある他店の薬剤師が応援に入ることで、患者は待ち時間の短縮に、薬局は「混んでいるなら隣の薬局へ」と取りこぼしてしまっていた処方箋対応の機会損失を減らすことになるというわけだ。

調剤事業の収益性改善が待ったなしの理由

 なぜ薬剤師の生産性向上に、ドラッグストア各社の注目が集まっているのか。背景には、調剤報酬改定による調剤事業の利益率の悪化がある。特にドラッグストア大手チェーンなどに対してインパクトが大きい昨年の改定により、猶予期間を経た今期から業績に大きな影響が出る見通しだ。大手ドラッグストアの調剤事業の利益率は37~40%(グラフ)。ここに企業によっては10ポイント前後のマイナス影響が出るとの見方もある。

 サイバーエージェントの子会社で、医療領域のDXを担うMG‐DX代表取締役の堂前紀郎氏は、「ドラッグストアの大手各社は、これまでの調剤併設店の出店ペースを見直さざるを得ない状況にまでなっている」と指摘する。

 まさに各社とも事業の収益性改善が待ったなしの状況にあることが、薬急便への期待を大きなものにしている。特にオンライン服薬指導については、薬剤師が所属する店舗の枠を越えて他店でも業務に従事できる体制づくりが可能になる点に関心が集まっているという。都市部と地方の調剤薬局では人口の多寡から処方箋枚数に開きが生じており、結果的に都市部の薬剤師は忙しい、地方は店によっては比較的余裕があるといった不均衡が生じているのだ。「そのマンパワーを忙しい店舗の応援に生かしたいという要望は多い」と堂前氏は語る。

 実際、8月のサービス発表後、初のお披露目の場となったドラッグストアショーでは、多くのドラッグストア関係者の関心を呼んだ。すでに20社ほどと導入検討の話し合いを進めており、来春までには大手ドラッグストアチェーン複数社でのテスト導入が決まっている。

 薬急便のサービスは、無人受付やオンライン服薬指導にとどまらない。アプリによる処方箋の事前送信や店内のモニター・スマホ両面での調剤薬受け取り順番管理システム、モニターへの広告配信、処方薬の患者宅への配送にも対応している。将来的に調剤業務は店舗のみならず、センターでの集中対応やそこからの配送といったビジネスモデルに発展する可能性もあると堂前氏は見ている。今後の経営環境の変化に合わせ、調剤業務のコストをただ下げるだけではない、新しい店舗運営のあり方を提案したい考えだ。

楽しい買い物体験の仕掛けを続々開発中

 サイバーエージェントは「薬急便」のほかにも様々な物販向けサービスを展開している。その一部が10月に開催された通信・デジタルサービスの総合展示会「シーテック2024」で披露された。

シーテック2024に出展したサイバーエージェントのブース

 特に来場者を引き付けていたのが、写真1のシェルフサイネージ内でキャラクターが商品をアピールする「タグビーンズ」だ。かわいらしいキャラクターがサイネージ内を歩き、特定の商品まで来ると止まる。その商品をお客が手にとるとサイネージ内に紙吹雪が舞い、キャラクターが飛び跳ねて喜ぶアニメーションが流れるというものだ。

写真1 特定の商品を手にするとキャラクターが喜ぶシェルフサイネージのサービス「タグビーンズ」

 楽しませるという意味では、写真2の「自己推薦ロボット」もある。音楽とともに商品自らが動いているかのように見せることでお客の目を引く。どちらも思わずお客を笑顔にさせる仕掛けだ。

写真2 音楽とともに商品が動き出す「自己推薦ロボット」

 また買い物カゴに工夫を凝らしたアイデア品が「スマートポータブルグリップ」(写真3)。持ち手に小さな仕掛けがあり、振動や触覚によるフィードバックで探している商品の売り場まで案内してくれる。具体的には手に当たるグリップの一部が動き、通路を右に曲がるか左に曲がるかを伝え、商品に近づくと振動で教えてくれる。グリップ部に組み込まれた無線通信機器によって位置情報を特定し、店舗内での買い物客の位置をリアルタイムに把握することでこれらが可能となる。さらにその商品がカゴに入ると重量センサーが反応して楽しい音を鳴らすこともできる。将来的には、買い物アプリや音声認識技術などと連動し、お客が探している商品を入力することで案内を開始するといった体験を目指す。開発担当者は「持ち手のサイズをコンパクトにして、来年には実際に利用できるところまで持っていきたい」と意気込む。

写真3 買い物カゴで買い物体験の向上を目指す「スマートポータブルグリップ」

 店舗サイネージ配信プラットフォームの「ミライネージ」は3種類のサイネージ(写真4、5はそのうちの二つ)を紹介。モニター3面の大型サイネージのほか、棚上、棚横など、様々なバリエーションを用意。3面を活用するなら商品の認知アップ、棚横なら商品の魅力をより細かく説明するなど、配置する場所によって広告の出し分けが可能だ。前述のタグビーンズにも広告をリサイズして表示させることができる。

写真4 場所に応じて適切な広告を表示することができる「ミライネージ」
写真5 場所に応じて適切な広告を表示することができる「ミライネージ」

 サイバーエージェントの最先端の技術力を示したのがAIカメラ(写真6)だ。フレームに映ったすべての人の頭・体・手の動きを捉える。人の店内行動を高精度かつリアルタイムに認識する技術を生かし、 売り場の動線の検証や商品購買時の行動分析など、小売業を支援していきたい考えだ。

写真6 フレームに捉えた人間を高精度で分析する「AIカメラ」

 サイバーエージェントはデジタル技術を通じ、リアルの小売業の魅力向上とオペレーション支援の両面に貢献していく。

堂前 紀郎/Norio Domae
株式会社サイバーエージェント AI事業本部 統括副本部長
株式会社MG-DX 代表取締役
2003年サイバーエージェント新卒入社。複数の子会社・合弁会社や社内新規事業を立ち上げた後、20年にサイバーエージェントグループ初の医療領域向け子会社 株式会社MG-DXを創業、代表取締役社長に就任。24年AI事業本部 統括副本部長も兼任。