新聞離れや投函制限でチラシによる集客効果が低減

 近年、小売業界、特にスーパーマーケットの経営者にとって、広告手段の多様化への対応が急務となっている。スマートフォンの普及に伴いテレビや新聞、折り込みチラシなどの伝統的なメディアを通じた広告は、今や顧客に届きにくくなっているためだ。

 2007年には7兆円を超えていたマス媒体の広告費の総額が、23年には2兆円台まで落ち込んでいることを見ても、このようなメディアの媒体価値が急速に低下しているのは明らかだ。

 従来、スーパーマーケットの販促手段として主流であったのはチラシである。地域ごとに配布されるチラシは、特売情報や新商品の告知に広く利用されてきた。

 チラシを見た顧客の一部が来店し、売り上げに寄与するという形で一定の効果が肌感覚として確認されてきたため、多くの企業が継続的にチラシ広告を打ち続けてきた。その効果は訴求内容によって全く異なるが、一般的にその反応率は0.01%から0.3%と言われている。

 配布コストや制作費用を考慮すると、必ずしも高い費用対効果を得られているとは限らないが、代替手段が多くないことからチラシ広告を打ち続けているという企業も多い。

 しかし、新聞の発行部数は2000年代に約5370万部だったところ、23年には約2850万部と半減しており、折り込みチラシの広告効果もそれに合わせて低減し続けているのが現状だ。

 また、最近では多くのマンションでセキュリティの観点からチラシの投函が禁止されており、従来の紙媒体の広告手段が制約されることも増えている。

 そもそも紙媒体自体の大きな課題として実際の広告出稿効果を可視化することが難しく、この点がデータドリブンの経営判断が求められる昨今にあって積極的な投資判断が難しくなっている一因でもある。

 このような状況において、多くの小売企業は売り上げの維持・成長のために必須の取り組みである「新規顧客の来店動機づくり」を行う新たな販促手段の確立に頭を悩ませているのが現状ではないだろうか。

地域密着の新しい生活圏メディア「エレベーターサイネージ」

 昨今マスメディアの衰退に対して新しいメディア概念として注目を浴びているのが、「生活圏メディア」という考え方だ。

 生活圏メディアは、特定の地域やコミュニティに焦点を当て、その地域の住民の日常生活に密接に関連する情報を提供するメディアのことを指す。

 チラシに頼らざるをえなかったスーパーマーケットに朗報となり得るのが、この生活圏メディアの中でもデジタル技術の進化に伴いまったく新しい販促メディアとして注目を集めている「エレベーターサイネージ」だ。

 生活圏メディアであるエレベーターサイネージは、地域密着型の広告手段としても効果的で、地域イベントと連携した告知を行うことで地域経済への貢献をアピールし、顧客のロイヤリティを高めることにも長けたメディアである。

エレベーターに設置したサイネージ

エレベーター大手と協業し新市場のリーダーに

 サイバーエージェントと大日本印刷が協業により新しく市場投入したエレベーターサイネージは、AIカメラを搭載し取得したデータによる分析・効果検証が可能となっており、ビジネス面でもすでに日本の大手エレベーターメーカー複数社と協業の大枠について合意、今後急速に普及が進むエレベーターサイネージ市場のリーダーとなることを目指している。

 実際にエレベーター内に設置されるサイネージは、⾼さ170cmほどの位置にあり、画⾯サイズ15.6インチで、映像だけでなく⾳声の配信も可能だ。

 画面には広告放映エリアの他に天気やニュースなどのコンテンツ放映エリアも設定されていることから幅広い顧客に有益なコンテンツを提供することで広告接触率を高める工夫がされている。

 居住⽤マンションで稼働するエレベーター中⼼の展開で、AIカメラによる計測では平均視聴率70%と非常に高い認知・視聴を獲得できるのがポイントだ。

 このエレベーターサイネージの最大の特徴は、これまで到達できなかった新しい顧客に最適なアプローチで来店を促せることにある。

 エレベーターの平均乗降回数は1カ月130回で、1日平均4回はサイネージに接触する計算だ。

 屋外サイネージ広告の場合、サイネージに集中して意識を向ける割合はそれほど多くないが、エレベーターサイネージの場合は限られた閉鎖的な空間内で表示され、スマホをじっくり見る時間もないため自然と目に入ることが多く、高い視認性を持つのが特徴だ。

 さらに、デジタルサイネージはチラシと比べて動的なコンテンツを表示できるため、生鮮食品のみずみずしさなど顧客の購買行動を刺激する視覚的なインパクトが大きいのもメリットと言える。

店舗商圏のエレベーターにピンポイントで広告配信

 サイバーエージェントが提供するエレベーターサイネージ最大の特徴は、サイネージが設置された物件情報と商圏エリアを組み合わせた顧客ターゲティングが可能である点にある。

 具体的には、集客を行いたい店舗周辺の特定エリア内のマンションやオフィスビルのエレベーターに対してピンポイントで広告配信をすることが可能なため、広告のムダ打ちがなく費用対効果の高い販促活動が実現できる。

 図1は実際の広告配信を設定するサービスの管理画面で、自社の店舗とその商圏内のエレベーターがマップ上で視覚的にわかりやすく表現される設計となっているため、広告配信対象の物件選定が非常に簡単にできるのが特徴となっている。

 さらに配信の時間帯や平日・休日によって異なる内容の広告を配信することでより顧客の生活に密着した訴求を行うこともできる。例えば朝の時間帯はコーヒーや朝食に絞り、夕方は夕飯の買い出しを誘うレシピ提案を行うなど生活スタイルにマッチした来店動機を創出することが可能だ。

複数の指標で効果測定が可能昨対比130%の配信効果も

 サイバーエージェントのエレベーターサイネージは、これまでの同社のオンライン広告の運用・効果検証のノウハウをもとに、さまざまな切り⼝から実行施策のデータ計測・評価が行えるように設計されている。

 また、実際にお店に来てくれたかどうかの来店検証も可能だ。約2000万IDを保有する同社のデータベースを活⽤した位置情報の集計をすることで、物件単位の来店分析も可能になる。

 さらに、サイネージにクーポンが取得できるQRコードなどを掲出する場合には、実際にどれくらいの顧客がクーポンを取得したかなどの実データの収集もできる。

 これにより、どんな顧客がどの物件でどのような曜日、時間帯にどのクリエイティブ(広告)に対する直接的な反応を行ったかを追跡し、より効果的で再現性のある販促施策のPDCAを回すことが可能になる。

 また、一定額以上の広告出稿になった場合は、調査会社と協力し、店舗・ブランドに対する認知や好意に関する競合比較の推移など、より専門的な調査・分析を無償で提供するオプションも用意している。

 こうした費用対効果の見える新しい生活圏メディアに対してすでに多くの企業が広告出稿を行っている。例えばフードデリバリー産業や外食産業、消費財メーカーなどが既にエレベーターサイネージに広告出稿を開始している。

 実際の効果(図2)としては、某大手フードデリバリーでは広告配信により昨対比130%の新規注文獲得、某小売りチェーンでは107%の来店客数、某消費財メーカーではブランド認知度181%などといった事例が出てきており、今後のPDCAによってその効果がさらに高まっていくことが期待される。

 サイバーエージェントAI事業本部協業DXディビジョン事業統括の加藤徹氏(冒頭写真)は「QRコード掲出の効果が想定を大幅に超え、かなりの数の読み取りが行われた」とした上で、エレベーター内でのクーポン配布がチラシに代わる新しい販促手段になる可能性に手応えを感じている。

 エレベーターサイネージを採用した企業の採用理由は効果検証の見える化だけではなく、その従量課金の仕組みも重要なポイントだ。

 各サイネージにはAIカメラが内蔵されており、実際にサイネージ広告に接触したユーザの人数をカウントすることが可能となっている。同サービスの課金モデルとしては、このカメラを活用し広告再⽣中にエレベーター内にいる総⼈数をカウントしてそれに対して課⾦される料⾦モデルを採⽤している。

 従来のチラシの場合、投函したものの相当数は顧客の目に触れることなく廃棄されるため実際の効果測定が非常に難しかった。これに対し、エレベーターサイネージの料金体系であれば実際に広告に接触した人数に対しての課金となるため、広告出稿を行う企業にとってコストパフォーマンスを計測しやすい納得感のある料金体系となっており、広告出稿企業から評価を得ているのも1つのポイントと言える。

25年に国内最大級のネットワークを構築

 加藤氏は「今後大手エレベーターメーカーとの協業を推進し、生活圏メディアにおける国内最大級のネットワークを目指していく」と力を込める。

 この新しい生活圏メディアの創造・定着のためには、生活と密着度の高いスーパーマーケット業界でどこまで活用してもらえるかが重要なカギになるということで、今後スーパーマーケット業界に対して積極的なアプローチを行っていく予定だ。

 例えば店舗におけるサンプリング配布キャンペーンなどを告知することで来店を促進するなど、スーパーマーケットとメーカーの協力のもと、「独自の広告パッケージづくりなどの取り組みも行っていきたい」と加藤氏は語る。

 エレベーターサイネージ広告は、伝統的なチラシ広告に代わる新しい販促手段として、今後小売企業、特にスーパーマーケット業界にとっては重要なツールとなっていくであろう。

 サイバーエージェントは今後、チラシ投函不可のマンションに絞ったターゲティング配信などもできるように調査・開発を進めていく。マーケティング手法としてのチラシの衰退が経営課題となっている企業にとっての一つの活路になりそうだ。

 厳しさを増す競争環境の中で競争力を高め、持続的な成長を実現する機会を創出するためのカードの一つとして、新しい生活圏メディアであるエレベーターサイネージの活用は大きな広がりを見せそうだ。

加藤 徹/Tetsu Kato
サイバーエージェント AI事業本部 協業DXディビジョン事業統括
2004年にサイバーエージェント入社。広告代理店部門の営業局長、スタッフ部門の局長を経て、14年に広告プロダクト開発、事業開発部門であるAI事業本部に異動。アドテク関連事業の事業責任者を複数経験したのち、19年に同事業部内で、大手事業会社との協業型新規事業を行う「協業DXディビジョン」の立ち上げ、および統括職として、複数の協業事業の立ち上げ運営に従事し現在に至る。