店に入った瞬間、デジタルサイネージから流れる動画に思わずぱっと目が行く。そんな経験をした人もいるだろう。だが店舗にサイネージを設置したからといって、お客は必ずしも動画を見てくれるわけではない。サイバーエージェントの子会社で、リテールメディアのクリエイティブ制作・運用を専門とする札幌クリエイティブセンターのセンター長である工藤駿一氏は「お客様に見てもらうには、店舗サイネージならではの工夫が必要」と指摘する。工藤氏に店舗サイネージ動画の制作で押さえるべきクリエイティブのポイントについて尋ねた。

テレビやスマホと店舗サイネージはここが違う

 ――リアル店舗のデジタルサネージのための動画とは、どのような特徴があるのですか。

 工藤 サイネージと他のメディアに対する視聴態度を比較するとわかりやすいと思います。テレビやスマートフォンはコンテンツの視聴を前提としていますので、そこに広告を織り交ぜることで一緒に見てもらえているわけです。一方でサイネージはそうではありません。お客様はあくまで買い物をしに来店され、そこでサイネージを見るわけです。つまりテレビやスマホと違って見る前提にはないメディアだと言えます。ですので、まずお客様にサイネージの存在に気づいてもらう必要があります。店内は様々な情報で溢れていますので、ともするとサイネージそのものが風景化してしまう恐れもあるのです。

 ――確かに気づかなければ埋没してしまいます。

 工藤 そしてもう一つ、お客様は買い物に来られていますので、サイネージ動画を長くは視聴されません。例えば15秒の動画を流すとして、お客様は必ずしも冒頭から視聴されるわけではありませんので、動画の起承転結も成立しません。テレビCMやユーチューブ動画は基本的に冒頭から見られることを想定していますが、同じように制作するとお客様に伝えたい情報が欠損してしまう恐れがありますので、動画の尺のどこから視聴されても情報が伝わる構成が求められます。

 ――この点でもテレビやスマホとは全く異なるわけですね。

 工藤 そうなんです。ですのでサイネージの動画は店内の環境に埋もれないよう、音であったりナレーションであったり、動きを加えることで、お客様の注意を引くことが大事だと考えています。そして15秒動画だったとしても、伝えるべきメッセージは3秒、5秒で繰り返すなど、伝えたい情報を画面に常に表示させつつ、動的表現で伝達効率を上げていく。こんな形でぱっとお客様に気づいてもらい、情報をお伝えすることがクリエイティブには求められます

 ――サイネージでテレビCMを流すのと専用動画を流すのとでは、効果も変わるのですか。

 工藤 そうですね。実際にこれまでの取り組みを効果測定した一例として、視聴したお客様のうち、購買に結びつく割合は専用動画のほうが20%ほど高くなるという結果も得られています。

 ――そんなに違うのですか。ただ、数秒間だと発信する情報に向き不向きがありそうです。

 工藤 おっしゃる通りです。商品説明のような内容は限られた時間では見ていただくことが難しいと思っています。そこでご提案しているのが、売り場やアプリなどとの連携です。店頭のサイネージできっかけとなる情報を配信し、それを見たお客様を商品棚やアプリに誘導して、そこで説明のフェーズを作ってプロモーションにつなげるというやり方です。店頭のサイネージでは多くの情報を盛り込むのではなく、目的をしっかりと絞り込んで活用するのが重要だと考えています。

実際の売り場に足を運びクリエイティブのヒントを得る

 ――他にも動画制作で工夫されている点はありますか。

 工藤 私どもクリエイター陣が大事にしていることとして、動画が配信される店舗を直接視察することにしています。実際配信される場所を見て、お客様がどのように広告に接触するのか、音はどう聞こえそうか、また宣伝する商品の店内の配荷状況や店全体の雰囲気なども確認します。

 ――そこまでやるのですか。

 工藤 実際店舗を訪れると、それまで可視化されていなかった部分が見えてきますので、それによって色や表現方法も変わってきます。もっと細かい話をすれば、広告主の企業さんが推したい商品の訴求の仕方があるわけですが、実際お店に足を運んで検討した上で、例えば商品パッケージを全面に押し出した動画のほうがお客様により伝わりやすい、というような訴求内容自体のご提案もさせていただきます。配信環境を総合的に分析した上でデザインを構築していくことは非常に有効な手段だと考えています。

 ――それは動画制作を始めた当初からの決まり事なのですか。

 工藤 サイネージ専用の動画制作を始めた本当に初期の頃は、試行錯誤の中にありました。動画をイメージして実際に店頭に行くと何かしっくりこない、お客様はピンとこないのではないかと議論になりました。むしろ店頭の状況からインスパイアされたアイデアが様々出てきましたので、それからお店を起点とした動画制作に取り組むようになりました。

 ――そのような経緯があったのですね。

 工藤 実際、お店は表現やデザインを考える上でとても参考になります。店員さんが作るPOP一つとってもそうで、日頃のお客様と店員さんのリアルなコミュニケーションがクリエイティブに表れていると感じます。商品のホームページにあるような紹介文は固い印象ですが、POPに書かれている言葉はそれそのままではなく、お客様にとって馴染みのある言葉遣いだったり、使い方を想起しやすい表現方法だったりと工夫がされています。それは実際にコミュニケーションが行われている場所で発想され、より洗練されていくものだと思いますので、そういった点もクリエイターはしっかり見るようにしています。

ネット広告でのノウハウを生かし効果的なクリエイティブを目指す

 ――そのお店に買い物に来るお客に対して、いかに寄り添った提案ができるかが重要ということですね。

 工藤 まさにその通りです。リテールメディアはそこが強みですし、それを目指すべきだと考えています。お客様にいかに最適な広告をお届けできるかという点では、時間と場所、もっと言えば小売りの業態によってもお客様の来店目的が異なります。例えば朝であれば急いでいるけどしっかり栄養を摂りたいというニーズに応えた商品提案ですとか、夜なら1日頑張ったご褒美に甘いものをお勧めするですとか。オフィス立地と住宅立地でも提案内容は変わってくるはずですので、そういった時間や場所での出し分けや最適化は寄り添った提案という点では大事になってくると思います。

 ――食品スーパーであれば、日々のメニュー提案にも活用できそうです。 

 工藤 お客様の購買行動に寄り添うという点でいくと、生鮮食品を買いに来るタイミングは計画購買であることのほうが少ない。そこでレシピ提案を動画で配信していくことも一つのやり方です。同じレシピでも紙より動画のほうが圧倒的にシズル感が出ますし、と言って毎日同じ内容を配信していると風景化してしまいますので、例えば1週間分のレシピを作って訴求したい商品と一緒に提案するですとか。さらに地域に根ざしたメニューも盛り込んでいくと、そのスーパーさんならではの提案になるのではないかと思います。

 ――地域の色が出ると、単なる広告配信媒体ではない、その企業のメディアという感じがします。最後に、今後の展望について教えてください。

 工藤 やはりお客様にサイネージを有益なメディアとして認知していただけることが重要です。そのためには、どのような配信が有益なのか、すなわち購買につながるのかといったところにクリエイティブの面からこだわり続けることが大事であると考えています。コンテンツを配信して、その効果を検証し、改良し続ける手法は、私どもインターネット広告で培ったノウハウがあります。このノウハウをリテールメディアにも展開することで、どこよりも効果を出せるメディアに育てていきます。

 また弊社では、AIによる広告効果の事前予測システム「極予測AI」も開発しており、インターネット広告においては活用が進んでいます。将来的には、店舗メディアにおいてもこのようなAI技術を活用することで、店舗サイネージごとに最も効果的なクリエイティブを配信し、メディアとしての価値最大化を図っていきたいと考えています。

工藤 駿一/ Shunichi Kudo
サイバーエージェント 札幌クリエイティブセンター センター長
2017年に株式会社シーエー・アドバンスに入社し、広告運用オペレーション部門、クリエイティブ部門などで、複数プロジェクトの立ち上げに従事。広告主要媒体を活用した販促プロダクトにおけるクリエイティブ組織の構築も経験。その後、22年よりリテールメディア領域を専門とした札幌クリエイティブセンターの立ち上げに参画し、センター長に就任。