急がば回れ、という言葉があるが、リテールメディアを始めるにおいて、それは必ずしも当てはまらないかもしれない。なぜなら今、リテールメディアが進もうとしている道は、既にインターネット広告が一度通った道だからだ。不要な過程を飛び越え、リテールメディアでいち早く最新の仕組みを構築するにはどうすればよいか。サイバーエージェントのAI事業本部 協業リテールメディアDiv アプリ運用カンパニーの東樹輝カンパニープレジデントに聞いた。

ネット広告の最新の状態をリテールメディアも目指すべき

 ――小売業が今からリテールメディアを始めようと思ったら、やはり一から知見を積み上げる必要がありますか。

 東樹 既にリテールメディアの分野は世界的にアマゾンをはじめとしたテックカンパニーが上位を独占しています。そこにおいて、米国では近年、ウォルマートが投資をデジタルに傾け、市場に参入。店舗を持つ小売業としての強みを生かし、巻き返しを図っています。つまり日本も本気でリテールメディアで収益を上げようと思ったら、いかに最短でビッグ・テック企業に追いつき、伍して戦えるプロダクトを作り上げるかという視点が重要になります。

 ――リテールメディアに初めて取り組む企業でも最短ルートを辿れるのでしょうか。

 東樹 可能です。リテールメディアが辿っている変遷は、インターネット広告の歴史と非常に近いと考えており、広告効果を出すための仕組みづくりには最短ルートがあると考えています。

 ――具体的にはどういうことでしょうか。

 東樹 簡単に歴史をおさらいしますと、最初期のネット広告は「ベタばり入稿」の形で始まりました。エンジニアがソースコードを手作業で変更して画像などを貼り付ける手法です。それから2000年前後、いわゆる配信サーバーと呼ばれる多数の広告を一元管理できるシステムや、08年頃からはアドネットワークといった複数メディアに対して広告配信が可能な技術が登場します。当時を振り返ると複数メディアへ同時に配信することが可能になることで、配信量の確保はできるようになりましたが、効果を最大化する状態ではなかったと思います。

 ――確かに、今スマホなどに出てくる広告のイメージとは違い、少し古い感じがします。 

 東樹 まさにスマホが普及し始めた10年頃、「アドエクスチェンジ」という新たな手法が生まれました。これはメディアと広告主の間で広告の枠をリアルタイムで売買する技術です。広告枠の供給側であるメディアを束ねるシステム(SSP=Supply-Side Platform)と、需要側である広告主を束ねるシステム(DSP=Demand-Side Platform)が介在し、広告が消費者の端末に表示されるまでのごく短い間にオークションを実施、双方の収益を最大化する広告を表示するという仕組みです。

 ――すごいですね、一気に進歩した感があります。

 東樹 直近ではAIがこれらを全て管理し、効果予測や、予算と期間と目標に応じた最適な広告表示などもほぼ自動でやってくれています。これがネット広告の最新の世界なのです。

 ――普段何気なく見ている広告の裏側がそこまで進んでいたとは。驚きました。

 東樹 一方、日本のリテールメディアに話を戻すと、現状はまだアプリやEC、サイネージなどの各媒体にそれぞれベタばり、または配信サーバーで広告を出しているケースがほとんどです。将来的にアドサーバーやネットワークで媒体と広告を一元管理して、より効率的に広告配信することを目指しているケースが多いように感じます。

 ――それでは遅い、と。

 東樹 ネット広告の歴史を順番に辿る必要はありません。リテールメディアが目指すべき未来は、今の状態を一段上がったところではなく、ネット広告の最新の世界であるべき。我々には不要なステップを省略し、いち早く最新のリテールメディアの仕組みを構築する知見がありますので、ぜひ小売業の皆様をサポートしていけたらと考えています。

効果の高い広告を自動で出し分ける仕組み化を提案

 ――サイバーエージェントが目指すリテールメディアの全体像とはどんなものですか。

 東樹 大前提、リテールメディアとはメディアであって、広告ではないと考えています。そのため、メディアを通じて生活者の買い物体験を向上させる必要があると思っており、生活者にとって価値ある広告=購入につながる広告を配信することこそが一番大事だと考えています。

 ――それを実現するにはどうすれば。

 東樹 それぞれのリテールメディアを仕組みでつなぎ、最も効果的な広告を自動で出し分けることが必要です。例えばアプリやECならそれをユーザーが開く瞬間、ユーザーの属性に応じて、数ある広告の中から最も効果が見込める広告を表示します。店頭のサイネージの場合も、それが置かれている店舗の立地や時季・時間帯などに応じて、同様のプロセスで広告を表示します。先に説明したSSP・DSPといった、ネット広告で当たり前に行われている仕組みを構築することでそれが可能になります。現状のベタばりやサーバー管理では、広告がどのくらい閲覧され、それが実際の購買につながったかどうかの検証もできません。しかし広告の歴史で登場してきたテクノロジーを駆使することで効果の予測や結果を踏まえた検証も可能となり、運用の仕方をチューニングしていくことで広告効果の継続的な向上が期待できます。

 ――IT系の他社などと比較した時、御社の強みは。

 東樹 例えばSSP・DSPのようなシステムは、国外・国内で多くの企業が提供していて、それぞれに特徴があります。SSPで言えば、特定の分野のメディアに強いなど。我々は10年以上前からネット広告の裏側に携わってきており、自社でもこれらのシステムをいくつも開発してきました。その実績は国内でもトップクラスと自負しています。またシステムに加え、きめ細かな運用サポートも強みと言えます。

 ――運用面でいくと、小売業はメーカーとの契約で一定期間決めた場所に広告を出し続ける場合があると思います。入札形式との併用は可能ですか。

 東樹 もちろんです。これはいわゆる純広告というもので、現在のネット広告にも存在します。検索サイトのトップページを特定の広告がジャックしているケースなどが一例としてあります。ただネットにおける純広告は、同じ広告を何回も見ることによる視聴者のストレスを勘案して、一定回数視聴すると別の広告が表示されるように設定されていることが多いです。この辺りはまさに仕組みがあるからこそ柔軟に組み合わせられると思います。

 ――リテールメディアを展開するにあたり、やはり有利なのは広告を展開するタッチポイントを多く持っている大企業でしょうか。

 東樹 それは確実にあります。取得できるデータ量も全然違いますので。

 ――では、中小企業がリテールメディアで効果を出す方策としてはどんなことが考えられますか。

 東樹 ネット広告の世界で割とあるのが、SSPのつなぎ先、つまり広告の掲載先に複数社が入ってくるケース。ECは取扱商品が多いのでこういったことが比較的やりやすい。国内リテールメディアではまだ事例を聞きませんが、仮に商品の配荷がきちんと連動するのであれば、複数社の間で広告の仕組みを統一し、広告主から見た時に規模のメリットを出すやり方はありだと思います。

 ――最後に、こういった仕組みを構築する際の投資はどう考えればよいでしょう。

 東樹 システム投資はどうしても必要になります。また、今あるアプリやサイネージなどの裏側を仕組みとつなげる改修も必要でしょう。ただ、それをせずに効果の薄いリテールメディアをいくら続けても、広告主は満足しないはずです。ビッグ・テック企業の市場に切り込もうと思ったら、やはりネット広告の歴史に学び、一足飛びで最新のテクノロジーを活用したリテールメディアの構築を目指すべきです。ハードルは技術的なことよりむしろ、従来の発想や考え方を変えるところにあると思っています。

東樹 輝 /Hikaru Toujyu
AI事業本部 協業リテールメディアDiv アプリ運用カンパニー カンパニープレジデント
2013年サイバーエージェント新卒入社。WEBメディア事業の立ち上げを経験。その後、インターネット広告代理事業本部に異動し、大手DB系クライアントを複数担当。アプリ・WEBを横断したマーケティング戦略立案から実行までをメインに約5年間従事。18年から海外支社の立ち上げに参画した後、19年9月より事業責任者として現チームを設立。