前号(11月号)では、サイネージを活用したリテールメディア戦略の現状と今後の展望について掘り下げた。今回は日本におけるリテールメディア市場の可能性とともに、小売業から特に問い合わせの多い二つの悩みを軸に、サイバーエージェント協業リテールメディア部門の藤田和司氏、インターネット広告事業本部リテールメディア事業本部の高橋篤氏に話を聞いた。

日本式リテールメディアの考え方を持つこと

 ――日本におけるリテールメディアの市場性をどのように見ていますか。

 高橋 2023年、リテールメディア市場は1350億円と推計されています(カルタホールディングス出典)。中身はデジタルサイネージ、アプリや自社サイトなどのオンラインメディアへの広告出稿ですが、まだまだ立ち上がったばかりの、これからどんどん伸びていくと予想されるマーケットです。

 ――すでに米国では、ウォルマートが1社で3000億円規模を稼ぎ出しています。

 高橋 実はウォルマートのリテールメディア事業の大部分は、ECサイトの検索連動型広告が占めています。もともとウォルマートはアマゾンに対抗するべくECを強化してきた経緯があります。そこにコロナが起き、ECの利用が増えた結果、広告収入もぐんと増えたというわけです。

 ――それは知りませんでした。

 高橋 日本でもアマゾンや楽天市場などのプラットフォーマーのEC広告市場は伸びていて、おそらく1000億円を超えています。ただ日本はEC化率が米国ほど高くはありません。都市部ではちょっと歩けばコンビニもドラッグストアもあり、リアル店舗が強い。ですので、日本の小売業がウォルマートの事例を参考にする際は注意が必要です。

 ――そうすると、日本の小売業のリテールメディア戦略は、どのようなものになるのでしょうか。

 藤田 ポイントは大きく二つです。顧客情報が紐づいた購買データを生かせるということ。もう一つは商品がすぐそばにあるリアルの店頭という場所の強みがあることです。その上で何から取り掛かればいいか。私どもとしては、まず自社アプリ、あるいはLINE公式アカウントの活用から始めてみてはとご提案するケースが多いです。

 ――それはなぜでしょうか。

 藤田 初期投資をある程度抑えることができ、かつ費用対効果が高いからです。ID-POSを紐付けて1to1マーケティングが可能になると、例えば柔軟剤の本体を購入されたお客様に一定期間をおいて詰め替え用の商品をご提案するといったことができるようになる。このようにお客様1人ひとりへの適切なご提案が可能で、実際、売り上げに結びつく結果も出ています。

 ――小売業の自社アプリの導入は進んでいるのでしょうか。

 藤田 ご相談いただく企業様は大体皆さん導入されています。ただ活用の度合いに濃淡がありまして、しっかり取り組んでいる企業様もあれば、作ったものの使い勝手がいまいちで、板カードからアプリへお客様の切り替えが進まないという企業様もあります。

 ――そもそもアプリはシニア向けではないように思えます。

 藤田 そうした声は小売業様からもよく聞かれます。「うちの店は60代、70代が最大ボリュームなので、アプリを作っても意味がない」というご指摘です。ただこういった企業様には、アプリよりもLINE公式アカウントをまず始めてみてはどうかとご提案しています。実は60代以上の方でも、息子夫婦や娘夫婦と連絡を取り合うからということで、LINEを使われている方が結構いらっしゃるんですね。

出典:(株)サイバーエージェント次世代生活研究所「高齢者のメディア視聴状況及び生活意識調査」より(図表一部抜粋)

顧客接点を増やしコミュニケーションを深める

 ――まずはLINEでお客とのコミュニケーションを深め、自社アプリに移行してもらうのがいいということですか。

 高橋 そうですね。ただ難しいのは、LINEを選ばれるか自社アプリを選ばれるかは、結局のところお客様次第ということです。もちろんLINEからアプリに途中で移行されるお客様はいらっしゃいますが、全体から見るとそれほど多いわけではありません。どちらを利用するかはお客様の利用頻度にもよります。例えばそのお店を週に2回利用するならスマホにアプリを入れておきたいけれども、月に1回行くか行かないお店なら入れておくのが嫌だとか、そういったお客様も少なからずいらっしゃいます。

 ――その気持ちはよく分かります。

 高橋 やはり一定のライトユーザー層がいて、その上に一定のヘビーユーザー層がいる。そうした状況の中で、それぞれにどうアプローチして接点を増やせるかということだと思います。

 ――とすると、いかに見てもらう頻度を増やせるかが課題だと。

 高橋 仰るとおりです。LINEにしろアプリにしろ、お客様の多くは店舗のレジまで来て初めて立ち上げるわけですが、これをお店に来店された際、もっと言えば店舗の外でどれだけ立ち上げていただけるかが鍵だと思っています。米国でウォルマートのアプリユーザーにヒアリングしたことがあるのですが、ある方は自宅で足りないものが出てくると必ずウォルマートのアプリを立ち上げて、買い物リストにどんどん書き込むというんですね。

 ――メモ代わりに。

 高橋 そうです。もちろん単純に買い物リストを作ればいいという話ではないと思いますが、店舗の外でも見てもらえる仕掛け、さらに来店時に今日のクーポンなんだっけと見ていただく工夫をすることで、もう1点の点数アップにつなげていければと考えています。

 ――その延長線上にデジタルサイネージもあると。

 藤田 はい。サイネージはある程度のサイズ感があり、動画も流れて目につきやすい。店頭における非常に強力なコミュニケーション手段です。ただある程度の設備投資が必要になりますので、順番としてはアプリなどで手応えを得てから、例えばそのアプリを来店時に立ち上げてもらうためにサイネージを活用するといった具合に、活用方法を明確にする必要があると思います。

小さな成功の積み上げがデジタル戦略推進の鍵

 ――多くの企業が小売業のリテールメディア事業支援に乗り出しています。その中で御社の強みはどんなところにありますか。

 藤田 デジタル技術や広告営業に秀でた企業さんはたくさんあります。ただ、メディアの育成を支援するという意味では、弊社はABEMAやAmeba(アメーバ)といったメディアを広告を絡めて育ててきた経験があります。加えて広告の営業部隊は1000人弱抱えていますし、広告のクリエイティブ面では、生成AIを活用することでデザイナーの作業を下支えし、従来の制作コストを10分の1、100分の1にできている。さらに広告の効果検証のオペレーションを回す体制も沖縄・仙台など複数拠点に2000人の人員を抱えており、コストを抑えた細かなオペレーションを可能にしています。

 ――あらゆる面で支援が可能というわけですね。 

 藤田 ただ一方で、デジタル戦略を推進していく上で重要なことは、小さな成功事例の積み上げです。と言いますのも、デジタル戦略には社内の協力と納得感がとても大事になってくるんですね。実際、小売企業様からいただくご質問の中でも多いのが、リテールメディア事業を何から始めたらいいのか、それともう一つは誰に任せるのがいいのかというものです。社内に新たにDX部門を作ったとしても、それだけでDXは推進できません。例えばメーカーさんからリテールメディア事業の広告として予算を捻出してもらうには、商品部の協力が得られなければ難しい。これは現場も同様で、複雑なオペレーションが必要になれば、当然、店舗運営側からストップがかかることもあります。ですので最初は小さく始めて、成功事例を社内で共有することが大事です。もちろんリテールメディア事業に経営者の方の理解は必須ですし、社内の部署を横断する責任者や会議体にきちんと権限委譲することも欠かせません。社内体制と成功事例の積み上げがセットになって初めてリテールメディア事業を推進していけるのだと考えています。

藤田 和司/Kazushi Fujita
サイバーエージェント 協業リテールメディア部門 統括
2002年サイバーエージェントに入社し広告事業の営業マネージャーとして従事した後、2011年に株式会社AMoAdの立ち上げメンバーとして参画。2012年に同社取締役に就任。広告事業・メディア事業にて幅広く事業立ち上げを経験し、現在は協業リテールメディア部門の統括を務める。

高橋 篤/Atsushi Takahashi
サイバーエージェント インターネット広告事業本部 リテールメディア事業本部 統括
2007年4月サイバーエージェント新卒入社。16年10月から位置情報を活用したジオマーケティングに従事。販促領域の専門組織販促革命センター統括就任後、現在はリテールメディア事業本部統括。