大手小売業の多くが導入している消費者向けのスマホアプリ。販促やメニュー提案など、売り上げアップのためのお客との接点として重要なツールだ。しかし、アプリを十分に活用できている企業はまだまだ少ないのが実情でもある。お客にとって満足度の高いアプリをどのようにして開発すればよいのか。今年グッドデザイン賞を受賞した株式会社サッポロドラッグストアー(店舗ブランド「サツドラ」)のサツドラ公式アプリを開発した、サイバーエージェントDXデザイン室の鬼石広海・主席クリエイターと高田楓平氏に話を聞いた。
大事なことは「スピード」と「ユーザー視点」
――サツドラ公式アプリはユーザーから高く評価されています。どんな特徴があるのですか。
高田 とにかくお客様がストレスなく、便利に買い物できるアプリを目指しました。ポイントカードなどの基本機能に加えて、運動による健康促進を目的としたスタンプカード機能、店舗におけるつながり創出のためのチェックイン機能などを実装しています。一方で、誰でも使えるシンプルさを追求してデザインしていますので、アプリに不慣れなお客様でもご利用いただけます。お陰様でドラッグストアのアプリ中では2023年10月時点において最も高い評価を得ることができています。
――他の企業のアプリも目指す方向性や機能は大きく変わりません。なぜ評価に差が生じるのでしょうか。
鬼石 我々BtoB向けのDX事業を「協業DX」と呼んでいるのですが、協業DXにおいて重視しているのはサイバーエージェントクオリティの実現です。そもそも弊社では、広告事業の他に、様々なゲームやABEMAなどのBtoC向けサービスを開発してきました。それらの経験を最大限に生かして、今度はクライアント様を支援していこうというのが、我々の出発点にあるんですね。
――特にどんな経験を生かしていこうと。
鬼石 アプリ開発で我々が大事にしているのが「スピード」と「ユーザー視点」です。ABEMAの開発当初は、とにかくユーザーのためのサービスを開発しようということで、広告やマーケティングの担当を入れず、開発者数名ほどでチームを組みました。さらにチームが社長直下となったことで、その都度意思決定を社長の藤田(晋)にしてもらうことで、スピード感のあるユーザーのための開発を行うことができたんですね。
――なるほど。
鬼石 この経験を踏まえて、小売業様にはアプリ開発に関わるステークホルダーをシンプルにしていただき、小売業様と我々で少人数のスクラム体制を組んでいただきたいとお願いしています。そうすることでまず開発における双方の目線を合わせることができ、発注者と受注者の関係を超えた協業の基盤づくりにもなります。実際、ABEMAはサイバーエージェントとテレビ朝日の合弁会社によるプロジェクトだったのですが、文化の違いから当初はなかなか目線が合わないということがありました。そこから学びを得て、今では協業の土台として一枚岩になるということを大切にしています。さらに我々からは協業にあたり、小売業様には決裁権を持つ意思決定の責任者の方、もしくは決裁権を持つオーナー様とホットラインで繋がっている責任者の方に加わっていただきたいというお願いもしています。これにより意思決定が速まり、よりスピード感のある開発が可能になると考えています。
北海道に実際に住みユーザーになりきった
――サツドラ様とはどのようにアプリ開発を進めたのでしょうか。
高田 サツドラのDX責任者である坂本武史CDO(チーフデジタルオフィサー)とチームを結成しました。目標設定のための合宿やミーティングを開くことで、目線が合った開発を進めることができたと思います。また坂本様には現場でその都度、意思決定をしていただいたことで、開発のスピード感も速まりました。
――ユーザー視点ではどんなことに取り組んだのですか。
高田 「ユーザーになる」ことと「ユーザーを知る」ことの二つにこだわりました。そもそもサツドラ様の店舗は北海道にありますので、プロジェクトマネージャーやエンジニア、デザイナーが1週間から1カ月間、実際に北海道に住んでみました。これは特に北海道に住んでユーザーになりきりました。また、データサイエンティストとともにデータ分析を行い、お客様がどんな行動をしているのかを知り、改善に繋げています。
――実際に住んでみるとはすごいですね。
高田 もともと出張などで、北海道に行った際は実際にお客様になったつもりでアプリを利用していました。ただ何回かやっているうちに、わかることに限りがあることに気付き、住んでみることにしました。実際に北海道に住み、生活の中でアプリを利用すると気付くことは多くあり、改めてお客様目線になりきることの難しさと重要性を認識しました。
――アプリのリリースは22年1月です。その後も支援を続けているのでしょうか。
高田 現在はアプリの改善とデータサイエンティストによる販促の最適化をフォローさせていただいています。アプリの改善は大小様々ですが、少なくとも月に1回以上はアップデートを行い、お客様と店舗スタッフの方々、両者の声を反映させています。
アジャイルスタイルで変化に対応
――アプリ開発において、ユーザー視点と小売業の視点で乖離してしまう部分はあるのでしょうか。
鬼石 基本的にはあると思っています。例えばお客様はレジでアプリのバーコードを読み取ってほしいだけなのに、いざアプリを立ち上げると画面に大きな広告が表示されて操作に手間取るといった状況が見受けられます。これは全くお客様視点ではないわけですね。お客様がアプリに何を求めていて実際にどう使っているかを知り、ちゃんと使いやすいものを作るという前提に立った上で、そこを崩さずに広告で収益を上げるということが必要です。
――投資回収のために広告を入れてしまいたくなるのでしょうね。
鬼石 アプリは開発費用がかかるので最初から広告を入れたいというクライアント様が少なくありません。ただ我々の経験上、最初は本当にユーザーの利益に向き合い、ユーザーにちゃんと使ってもらえるものを開発する。そうしてアクティブユーザーが増えれば、その後はいくらでもマネタイズできるチャンスがあると思っています。
――小売業は足元、そしてこれからもコストアップ要因が目白押しです。その中でアプリへの投資をどのように考えれば良いでしょうか。
鬼石 アプリはすでにチラシに代わるお客様との重要な接点になっていると言えます。様々なコストが上がっていますが、将来を見据え、一時的に投資がかかったとしても、アプリは磨いていくべきだと考えています。ではどんなアプリを目指せば良いか。多くの開発業者は最初に仕様を決めて、それに沿った開発を進めます。ただそれでは柔軟性がありません。我々は最初の仮説に基づいて作ったものを検証し、ブラッシュアップを続けるアジャイルスタイルです。「仮説がちょっと違っていたね」といったことは必ず発生しますので、仮説、検証、実装を繰り返していく。アジャイルのほうが瞬間的にコストは高くなりますが、より良いものができます。足元よりも1年先、2年先に生み出される収益に対して価値を感じていただきたいです。
――変化への柔軟な対応が御社の強みということですね。
鬼石 変化への対応では何よりスピードが一番大事だと思っています。一緒に仕事をやらせてもらえれば、決められた期間の中で、そのスピードをクオリティへと昇華させます。もちろんリリース後の運用体制も強みです。同じ目線で一緒に汗をかきながら、より良いデジタルプロダクトを作っていきたいです。
鬼石 広海/Hiromi Oniishi
サイバーエージェント DX Design室 主席クリエイター
大手広告代理店のweb制作デザイナーを経て、12年サイバーエージェントに転職。ABEMAへ出向しクリエイティブ責任者として立ち上げから携わる。その後本社AI事業部へ異動、DX Design室室長として、小売業を中心にプロジェクトに携わる。22年主席クリエイターに着任。
高田 楓平/Sohei Takada
サイバーエージェント DX Design室
サイバーエージェントにデザイナーとして新卒入社。ゲーム事業部にて新規開発に従事したのち、現在はDX Design室にて小売企業のサービスのプロダクトデザインを担当。22年に事業部のベストクリエイター賞受賞。