小売りにとって値付けは永遠のテーマだ。しかも現在のようなインフレの環境下、どういった商品・カテゴリーにおいて、どのくらい値上げを実施するかは重要な戦略テーマとなっている。そうした中、サイバーエージェントは一般社団法人リテールAI研究会において価格最適化分科会を立ち上げ、AI・経済学を用いたアプローチにより、商品の「適正価格」を探る実証実験を行った。得られた結果と今後の展望について、実験に携わったキーパーソンに聞いた。

価格と売り上げの関係をモデル化

 今回の座組は、小売業のリテールパートナーズ、メーカーのアサヒ飲料、ロッテ、日本製紙クレシア、TV番組・CMデータの調査などを手がけるエム・データ、そしてサイバーエージェントの6社だ。いずれもリテールAI研究会の参加企業。同研究会はリテール分野におけるAIテクノロジー活用に関する情報の共有や知識の獲得、企業の垣根を越えた連携を目的としている。本実験は同研究会内でサイバーエージェントが立ち上げた「価格最適化分科会」において、会員企業に協力を仰ぐことで実現した。

 本実験で探る適正価格とは、店舗の売り上げが最大となる価格と言い換えられる。つまり、ある商品の価格を変更した時、それに伴って売り上げがどれくらい変化するかをモデル化できれば、そのモデルを用いて適正価格を算出できる。

 だが、こうした手法には課題がある。それは売り上げを左右する要素は価格以外にも様々あるため、価格と売り上げの純粋な因果関係を調べることが困難なことだ。シニアデータサイエンティストの藤田光明氏は具体例を挙げ、以下のように説明する。

「例えば、ある商品を値下げし、かつエンド棚に目立つように並べたら、売り上げが大きく跳ねた。あるいは値上げしたが、年末商戦のタイミングだったので売れ数が落ちず、売り上げが増えた。いずれも結果的に売り上げが増えていますが、影響しているのは価格の上げ下げだけではありません。陳列場所や時季の要素も大きく作用しています。商品の適正価格を割り出すためには、こうした価格以外の影響を取り除き、価格自体が売り上げに与える効果だけを取り出す必要があります」

 そこでポイントとなるのがAI・経済学を用いた検証設計だ。今回の実験では、商品を通常価格で販売する店舗と、値上げ・値下げして販売する店舗を選定し、それぞれの販売動向を抽出。また、テレビCMの放映情報などのデータも組み合わせ、AIや経済学のアプローチを使うことで価格変更のみの影響を分析している。これにより価格と売り上げの関係がモデル化でき、適正価格の検証が可能となるのだ。

 (なお、経済学を活用した効果分析手法については、「激流」2024年1月号掲載の記事でも解説している)

値上げしても売り上げが増える?

 実験の舞台となったのはリテールパートナーズ傘下の「アルク」の店舗だ。実験店として43店舗を選定し、それをさらに三つのグループに分類。特定の商品をグループごとに、①通常価格、②通常より値上げした価格、③通常より値下げした価格で1カ月間販売し、需要の変化を探った。実験の対象商品には、アサヒ飲料の「ウィルキンソン タンサン 500mL」、ロッテの「のど飴袋 102g」、日本製紙クレシアの「スコッティファイン3倍巻キッチンタオル2ロール」の3品目を選定した。

 一定期間が経過した後、価格変更が商品の販売数にどのような影響を与えたかを分析したところ、商品ごとに価格感度が異なることが明らかになった。

 ある商品では、値下げすることで販売数が大きく増え、逆に値上げすると大きく減った。これは比較的素直な動きと言えるが、一方で別のある商品では、値下げすることで販売数が大きく増えたのは同様だったが、値上げをしても販売数がほとんど減らなかったのだ。データサイエンティストの兵頭亮介氏は、「商品特性によって価格感度の大小があることはある程度予想できるが、このように実際の販売結果から定量化できたことは収穫だと感じる」と語る。

 次に商品の適正価格だ。まず当該商品の価格を変更した時、連動して販売数(需要)がどれくらい変化するかを推定する。そこから導かれる価格と売り上げの関係をグラフ化、売り上げが最大になる点がその商品の適正価格(推定値)となる。

 一般的に販売個数の増加、それによる売上総額の増加を企図する場合、値下げを行うものであるが、今回最も興味深かったのは、値上げをしても売り上げが増える商品を発見できたことだ。

 この商品では、通常価格から約15%値上げした価格が適正価格とされ、このとき売り上げが約12%向上する見込みだとわかった。あくまで参考値だが、売り上げ的にもインパクトのある結果が明らかになったと言える。

 藤田氏は、「今まで値付けと言えば勘と経験と度胸を頼りに行うものだったが、AIや経済学を用いれば、値上げ・値下げの効果を取り出して科学的に分析できる。価格変更に対する反応は商品ごとに異なり、品目によっては値上げが売り上げアップに効果的な場合もある」と実験を総括。データに基づいた価格設定の可能性に自信を示した。

 今回実験の場を提供したリテールパートナーズの宇佐川浩之取締役も「非常に興味深い結果」とコメント。「値下げすれば売れるというのは感覚的にわかっていたが、値上げすることで売り上げが増える商品もあると明確に示されたことは発見だった。データ分析の重要性を再認識した。ぜひ今後の戦略にも活用していきたい」と意欲的に語った。

 また、リテールAI研究会の堀込泰三氏は「小売り、メーカー、テックの壁を越え、対等な立場で実証実験を行える場を提供するのが我々の使命。本分科会ではそれがうまく機能し、活発な議論がなされていました。同技術が業界の発展につながることを願っています」と期待を込めた。

立地によっても適正価格は異なる

 リテールAI研究会を交えた実験は今回の結果報告をもって一旦終了となるが、サイバーエージェントは今後も小売りやメーカーと一緒になって適正価格を探る検証・取り組みを続けていく構えだ。

 今回の実験では価格変更が「売り上げ」に与える影響を検証したが、同じアプローチで「粗利」に関するデータを用いれば、粗利を最大化する適正価格も導き出せる。より利益を重視した価格検証など、活用シーンや可能性はまだまだ広がりそうだ。

 実はもう一つ、今回の実験で得られた興味深いデータがある。それは同じ価格変更を行ったグループの中でも店舗ごと(立地ごと)に反応の大きさが異なったことだ。例えばある商品を値下げして売った店舗群の中でも、販売数の伸びは店舗によってバラつきが出た。「販売数の差とそれぞれの店舗周辺のエリアデータを見ると、年代比率や所得の差なども価格感度の高さを説明しうる要素となると考えられます。ただこれは競合店舗の状況なども影響していると考えられるため、エリア軸での価格の検証は今後さらに分析を深めたいです」(兵頭氏)

 サイバーエージェントは今後、実験で行ったようにまず数商品からの価格検証を小売りに提案。そこから徐々に店舗の価格の印象を決定付ける主力商品=キーバリューアイテムへと分析を広げていくやり方を奨めていく考えだ。商品ごとに逐一モデルを作成するとなると、数千、数万のモデルが必要に思えるが、カテゴリーや特徴が似通った商品であればモデルもある程度共通化できるという。

 既に米国などでは、経済学のアプローチを用いてデータドリブンに価格を決定するプロセスが大きな潮流となりつつある。サイバーエージェントはこれを日本でも広げるべく、引き続き知見を積み上げながら小売業やメーカーの価格決定をサポート。値付けがシビアになりつつあるインフレ下での売り上げ・利益の拡大に貢献していく構えだ。

藤田 光明/Koumei Fujita 
サイバーエージェント 協業リテールメディアDiv データサイエンティスト Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023選出
東京大学にて、実証産業組織論と計量経済学を学ぶ。日本における経済学出身データサイエンティストの先駆けの一人とされ、同社入社後、経済学の事業活用を推進。デジタル広告領域では、広告配信アルゴリズムの開発に努め、その成果がトップレベルの国際会議に共著採択された。

兵頭 亮介/ Ryosuke Hyodo
サイバーエージェント協業リテールメディアDivデータサイエンティスト
2021年サイバーエージェントに新卒入社。小売企業との協業事業において、ロイヤリティプログラムの設計、アプリグロース、クーポンの効果検証やターゲティングアルゴリズムの開発に従事。現在は価格最適化に関する分析や開発に取り組む。