今年に入り、流通業界ではスーパー、ドラッグストアなどの業界再編が活発化している。M&Aも成長戦略のための選択肢として定着しつつあるが、その分、経営者にはより正しい知識や理解が求められる。M&Aの基本やファンドの役割、前提となる考え方などについて、専門家であるM&Aキャピタルパートナーズの前川勇慈・執行役員企業情報部長に解説してもらった。

逆張り経営にも規模の追求は欠かせない

 ――3月にマイナス金利が解除されました。足元の影響をどう見ていますか。

 前川 まだ何かが大きく変わったということはないように思います。長期金利はじわりと上がってきていますが、それで困っているという話はあまり聞きません。むしろ円安のほうが影響は大きいはずです。いまデジタル赤字という言葉が浸透しつつあります。マイクロソフトやアマゾンといったITサービス企業の売り上げは米国に行きますので、日本からお金が出ていってしまう。他業種で日本に入ってくる分もありますが、それ以上に出ていく分が大きい。会社に例えるとキャッシュフローが赤字の状態ですので、なかなか国の通貨価値が上がらない。結果、円安基調はしばらく続くと見ています。

 ――食品スーパー業界においても厳しい環境が続くということですね。

 前川 原材料もエネルギーも、今より価格が下がるとは考えにくいです。そのうえ物流費は上がっていきますし、全産業で人材の奪い合いが起きていますので、賃上げしないと人手も確保できません。まさに様々なコストアップが絡み合う過渡期にあると言えます。

 ――そうした中、今年の流通業界はM&Aや業務提携、非上場化(MBO)など、様々な動きが表面化しています。

 前川 各社様々な背景がありますが、M&Aの狙いの一つは規模の追求です。先ほど過渡期と申しましたが、逆に言うとこの先の経営環境を占う上での材料は出揃った感もあります。コロナ禍明けの消費者の購買行動も定着しましたので、そういう意味で食品スーパーは、〝どう戦うか〟が改めて問われる局面に入ったと言えます。

 ――と言いますと。

 前川 例えばある会社さんは人手不足の中、普通は人手をかけない運営にシフトしがちですけれど、外国人の従業員を積極的に採用して、技術をちゃんと教える体制を整え、生活もしやすくすることで、逆にインストア加工を強化している。また各社PBシフトが鮮明ですが、そこであえてNBの単品量販で他社の倍の数量を売るスーパーさんもあります。当然、取引先との交渉で条件面などのおまけも付いてくるわけです。

 ――どちらも逆張りですね。

 前川 そうなんです。よそと同じ戦略ではどうしたって大手との差別化は難しい。逆張り発想ができる会社さんは強いです。ただそれでもある程度の規模感は欠かせません。積極的な採用や教育体制の構築にも人材が必要ですし、NBを大量販売するにも規模感が物を言います。そしてそれが結果的に利益率にも貢献する。食品スーパーのみならず、流通業界全体で再編や提携が活発化している背景には、そういったことがあるのだと思います。

出資比率でどう異なるM&Aの基本

 ――実際、どこかの企業の傘下に入りたいといった問い合わせも増えているのですか。

 前川 これは規模に関係なく増えています。会社の今後の成長を考えた結果、前向きにM&Aを選択される企業様もありますし、やむにやまれず救済してもらうためとして選択されるケースもあります。

 ――世の中のM&Aに対する認知はこの数年相当高まっているように感じます。改めてM&Aの手法を整理いただけますか。

 前川 最も多く採用される手法は株式譲渡です。これは譲受企業が株式を譲り受ける代わりに前株主に現金を支払うというものです。

 ――案件ごとに出資比率が注目されますが、どのように違うのでしょうか。

 前川 比率ごとに会社法で行使できる議決権の内容が決まっています。一つの大きな目安は67%です。67%以上持っていると、特別決議でその会社のことをほぼ何でも決めることができます。定款も社名も変えられますし、完全子会社化することも可能です。100%持たなくとも大きな影響力を持つことはできますが、あえて100%にするのは、譲渡企業の利益を譲受企業が100%取り込みたいからという理由が多いです。

 ――過半はいかがでしょう。

 前川 51%ですと役員の選任解任が可能になります。ただここで問題視されるのが親子上場です。大株主が51%以上株式を保有していてもその会社は上場が可能なのですが、子会社は当然人事権を持つ親会社を気にして仕事をしがちです。それでは大株主と少数株主の利益相反が起こる可能性がありますので、親子上場は駄目ではないけれど、望ましくないというのが東証の見解です。

 ――悩ましい問題です。

 前川 次が34%です。この場合、特別決議の拒否権が持てます。先ほどのとおり、特別決議には決議に出席した株主の3分の2の賛成が必要となるため、34%を保有する株主であれば、その決議を拒否することができるというわけです。またこれ以下の出資比率について会社法で定められたものはありませんが、会計上、20%以上で持分法が適用され、損益計算書の利益のうち、その比率分のみが連結財務諸表に反映されるということはあります。

 ――ドラッグストアの再編では、イオンがツルハホールディングス(HD)を子会社化した後、同社がウエルシアHDを株式交換で経営統合するというスキームが発表されています。株式交換とは何でしょう。

 前川 譲受企業が前株主に対し現金を支払うのが株式譲渡ですが、これに対して譲受企業の自社株で支払うのが株式交換です。また譲渡企業を完全子会社化する際にしか使えない手法となります。このメリットは過去から持っている自社株を現金同様に有効活用できる点です。もし自社株の価値が保有した時点で200億円だったとして、それが直近2倍の価値となっていれば400億円として活用できるわけです。

ファンドの力を借りることは成長戦略の選択肢の一つ

 ――業界再編のトリガーとも言えるファンドはどんな役割を果たしているのですか。

 前川 ファンドが得意とするのは資本や負債の整理です。1月にMBOを選択したアオキスーパーの場合は、上場して分散していた同社の株式を集約するのに、ファンドが一役買いました。日本ではどうしても外科手術のように事業のリストラを行う〝再生ファンド〟のイメージが強いですが、それは一部のファンドです。オアシス・マネジメントのように、上場企業の株を買い集めて重要提案を行うアクティビストファンドもあれば、事業承継の支援を行うファンドも存在します。ですので承継先に困っているとか、大手と提携交渉するにも今の段階では力不足ということがあれば、ファンドの力を借りることで企業価値を上げ、その先の展望を開くというやり方もあるわけです。

 ――ファンドの力を借りることは、今後会社を成長させる上での選択肢の一つと言えるわけですね。

 前川 おっしゃるとおりです。大事なことは経営者の方が会社をどのように成長させたいかです。創業家として今後も長く事業を続けていきたいというのは当然一つの選択肢です。ただ先を見据えれば、現状よりもある程度利益率を高めていかないと、従業員の給与すら上げられなくなってしまう。そのためにも企業として確かな成長は求められます。

 ――確かに。

 前川 一方で上場企業は市場で高い要求にさらされ続けます。安い株価のままではオアシスのようなアクティビストの突き上げを食らってしまいますので、高い成長を目指さなければならないわけです。足元でMBOが増えているのは、競争環境の変化で利益が出しづらくなっていることが根底にあると思います。ですので一度市場を出て、長期的な目線でもう少し利益率が高くなるような投資を行い、再上場するといったことも選択肢です。ファンドに株を譲り、要求される利回りの中で頑張ったほうが結果的に良くなるといった考え方もあります。

 ――資本提携はハードルが高いので、業務提携から始めたいという経営者は少なくないのでは。

 前川 もちろんいらっしゃいます。ただ業務提携は緩やかな連携ですので、なかなかシナジーの創出が進まないケースが多い。トップ同士は想いが一緒でも現場は必ずしもそうではありませんので。とはいえ株を売ってしまえば戻ってはきません。売却は重たい決断と言えます。

 ――今年後半もM&Aは増えていくと見ていますか。

 前川 すでに上場、未上場問わず様々な案件が水面下で走っていると思われます。人口減少でこの先は企業の淘汰も進むはず。この3年から5年でM&Aはさらに一般化していくのではないでしょうか。私どものような仲介会社も増えていますが、同時に質の劣化も指摘されています。経営者の皆様には正しくM&Aをご理解いただけるよう努めてまいります。

前川 勇慈 
M&Aキャピタル パートナーズ株式会社 (執行役員 企業情報部 部長 公認会計士)
2009年公認会計士登録。会計コンサルティング会社にて、上場会社同士の資本業務提携、上場会社のMBO支援などに従事したのち、2021年入社。上場コンビニチェーンの資本業務提携支援、大手商社と中堅食品スーパーの資本業務提携支援等の実績を有する。

写真撮影 露木陽平