国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、日本の人口減少のスピードは6年後の2030年から加速し、50年に1億人を下回り、2060年には8000万人にまで減少するという。来年以降の5年間も最低賃金時給1500円に向け、人件費は上がり続ける一方。それでいて市場は縮小へと着実に向かう。食品スーパーは時代の流れにどう向き合えばいいのか、M&Aキャピタルパートナーズの前川勇慈執行役員に聞いた。
本格的な人口減少はこれから始まる
――石破茂総理が、2020年代中に最低賃金を時給1500円まで上げる方針を示しました。既に小売業界では人件費の増加が利益を圧迫し始めています。
前川 賃金と物価の好循環という国の方針に加え、人口減少で人手不足が進む中、人材の確保という観点からも賃上げはせざるをえない状況です。しかし、少子高齢化による人口減少の影響が顕在化するのはむしろこれからです。
――本番はこれからだと。
前川 国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2010年に約1億2800万人だった日本の人口は、30年には1億1600万人余りになり、さらに50年には1億人を下回り、60年には8000万人台まで減少すると見られています。
――今後35年で人口が現在の3分の2まで減少するというのは衝撃です。ただ、そのことに対する危機感はあまり共有されているとは思えません。
前川 おっしゃる通りです。人手不足だと言いながらもなんとか回っていると、とりあえずこれまでの対応を続けていけばいいと思ってしまう。加えて、テレビやネットを通して伝わってくる米国の様子などを見ていると、つい日本も同じように社会が変化していくと錯覚しがちです。しかし、移民を受け入れている米国では、現在の約3億2000万人の人口は緩やかに増加しており、日本とは真逆の状況(グラフ参照)です。にもかかわらず、多くの日本人は、日本も1億2000万人の人口を維持していく前提でものごとを考えているのではないでしょうか。
人口減の少ない都市部は出店競争で収益が悪化
――小売業界はどうでしょう。
前川 同じですね。皆さんが見ているのは1、2年先で、現状の競争をどう勝ち抜くかに終始しています。人口が減るなら周辺地域からの流入などで人口減の影響が少ない首都圏や地方の主要都市でドミナントを築こうと、越境も含め、様々な小売業が出店を増やしています。その結果、競争が激しくなり、用地確保の競争で出店コストがつり上がり、立地条件が良くないところに出店し、集客できずに撤退というケースも出ています。加えて、人件費をはじめとする諸々のコストが上がっているにもかかわらず、ライバルを気にして思い切った価格転嫁ができないため、利益を削られ、ある程度の規模の食品スーパーでも経営が苦しくなっているのが現状です。売り上げが500億円あっても赤字か収支がトントンというところもあります。一方、強い企業は越境しながら出店を進めており、再編も始まっています。こうした状況が特に目立つのが首都圏と愛知県ですね。
――地方はどうですか。
前川 廃業や倒産に追い込まれる企業がある一方、人口が少ない分、外部からの進出がない地域では、比較的価格転嫁がしやすく、人件費などのコストを吸収できていて、経営が安定しているところもあります。実際、売上高200億円程度の地場スーパーの中には、「まだ全然問題なくやれている」と語る経営者もいらっしゃいます。
――残存者利益ですね。
前川 しかし5年後には残存者利益も得られなくなる可能性があります。30年以降はこれまでと次元の違う規模での人口減少が始まるわけですから。
――具体的にはどんな影響が出てくるのでしょうか。
前川 働き手が確保できなくなり、営業の継続が難しくなる可能性が考えられます。その状況は物流や建設業界でも同じなので、ものが運べない、店が建てられない、そもそもそれ以前に人がいないので、マーケットもなくなるわけです。
――では、30年を迎えるまでの5年間に何をしたらいいのでしょうか。
前川 この5年を劇的に人が減る時代が始まるまでの予行演習期間と位置付けて、準備を進める必要があります。大手でない限り単独でできることは限られますから、他社と連携して取り組むことがより重要になると考えます。
なにでお客の支持を得るか強みの磨き込みが不可欠
――その方向性にはどんなものが考えられますか。
前川 一つには、ワンストップショッピングの機能を高めるということが考えられます。その意味で、クスリのアオキさんのグループに入った伏見屋さん(秋田県仙北市:36店舗)の選択は素晴らしかったと思います。ドラッグストアのグループに入ることで食品の構成比は下がる可能性がありますが、その分、薬などドラッグストア商材を扱える。その結果、「あそこのお店に行けば、おいしい生鮮もあるし、薬も買える」環境が実現できれば、地域を支える一つの重要な機能になるでしょう。
――都市部ではどうですか。
前川 ワンストップとは反対に、一つの分野を突き詰めるという方向性が考えられます。例えば、バローグループのたこ一さん(大阪府吹田市:9店舗)という生鮮特化型のスーパー。先日、視察に行った緑橋店(大阪市)はマンションに囲まれた住宅地立地の小型店なのですが、周辺住民の方々の胃袋をしっかり掴んでいらっしゃいます。鮮度の良さで集客し、夕方6時半には売り切って店を閉める。店舗を拝見して、こういう業態もあるんだと感心しました。ちなみに、ここのお寿司を買って帰りの新幹線で食べましたが、おいしかったですよ。
――たこ一はそう安くはないようですが、それでも売れるんですね。
前川 安さを求める人は価格訴求型の店に行くでしょう。重要なのは、それぞれ消費者の異なるニーズにしっかり応えられる店づくりをすることです。それが中途半端になってしまうと競争にさらされてしまう。これからは、なにを強みに勝っていくのかをはっきりさせることが求められるのです。
――ヨークベニマルやヤオコー、原信のように自社工場を持ち、差別化につながる惣菜やオリジナル商品を集中して作ることで、人手をかけずにおいしいものを提供し、粗利を稼ぐという戦略もあります。
前川 おいしさも重要な要素です。どこで買っても同じナショナルブランドだけではなく、オリジナルのおいしいものが提供できればお客さんの支持は集まります。しかも、そうした商品は簡単には真似ができない。長年かけてコツコツいろんな開発をしてきた結果として、お客さんに支持される味が残っているわけですから、強みになります。
――原信は地盤の新潟から富山や長野に進出していますが、それらの新商圏でも自ら作り上げたオリジナルの味の惣菜が支持されているそうです。
前川 おいしいものは誰が食べてもおいしいですからね。これは聞いた話ですが、かつて日本は川によって地域が分断され、食文化も川で仕切られた地域ごとに育まれ、そこに根付いたスーパーが地域の胃袋を掴んだことで、これまで生き残れてきたのだそうです。しかし地域に人がいなくなれば、地域の再編が進み、越境による出店も増える。しかも、誰もがおいしいと思える商品を持っていれば、進出先でも支持を得ることができるわけです。
――こうしたことができるのは資本力のある大手だと思いますが、ローカルスーパーはどんな手立てがありますか。
前川 食品スーパーは生活に欠かせない食品を供給するという強みを持っています。だからこそ、これまでも生き延びてこられたし、ドラッグストアからの提携のオファーもあるわけです。それはすごい資産でもあると思います。病院や学校同様、食品スーパーは地域を支え、社会から必要とされる産業なのです。ただ、人口が大きく減少する将来を考えると、従来のような一族経営やドミナント展開だけでは、その維持が難しくなってきているのも事実です。であれば、どこかと組むことで地域の食の供給インフラとしての機能を存続させることを考える必要があると思います。
――食のインフラとしての役割を残す方策を考えることが重要だということですね。
前川 そうです。自力でやれないというと、何か暗い話になりそうですが、そうではなくて、いろんな選択肢を考えてみるべきだと思います。「ちょっと、ドラッグストアの話を聞いてみようか」でもいいでしょう。そもそも先代、先々代がスーパーを始めたのは地域の食を支える役割を果たすためではなかったか。であれば、地域の食のインフラとしての役割をこれからどう残していくのか。そんな原点に立ち返り、一度先入観を取り払って、いろんな選択肢を検討していただきたいですね。
前川 勇慈/Yuji Maekawa
M&Aキャピタル パートナーズ株式会社 (執行役員 企業情報部 部長 公認会計士)
2009年公認会計士登録。会計コンサルティング会社にて、上場会社同士の資本業務提携、上場会社のMBO支援などに従事したのち、2021年入社。上場コンビニチェーンの資本業務提携支援、大手商社と中堅食品スーパーの資本業務提携支援等の実績を有する。