コロナから一転、今度はインフレによる単価アップが業績を下支えし、追い風が吹く食品スーパー業界。だが、業界内では確実に好不調の二極化が進行中だ。それを裏付けたのが帝国データバンクがこの10月に発表した業界動向。食品スーパー1100社の2022年業績は、赤字が3割、減益も合わせれば業績悪化が全体の約7割に達したという。この先食品スーパーにどのような未来が待つのか、M&Aキャピタルパートナーズの前川勇慈執行役員に24年以降の見通しを語ってもらった。
人件費高騰による倒産は社会的に許容される
――帝国データバンクの発表は業界内に波紋を呼びました。
前川 食品スーパーは様々な産業の値上げが最終的に行き着くところですよね。商品も資材も物流もエネルギーもそう。これらのコストアップをもろに受けてしまったということではないでしょうか。ただ私はこのコストアップがまだ序の口だと見ています。
――さらに上がっていくと。
前川 端的に言うと、人件費を上げられない企業が淘汰される時代に入ったということが言えると思います。これまで政府は企業を生き長らえさせることに政策の軸足を置いてきました。08年のリーマン・ショック時も中小企業金融円滑化法で資金繰りを支援しましたし、直近でも総額40兆円を超えるコロナ融資を実行しています。ただしこれらの多くは運転資金に消えて設備投資に回らないこともあります。国をあげた資金繰り支援の中で多くの企業はずっと生き延びてきているんです。これはある面で正しかったと思いますが、それが今、突如起こったインフレにより、企業に対する人件費アップのプレッシャーが高まっています。また「人件費の高い企業に転職することはいいことだ」といった世論も形成されつつありますから、人件費を上げられない企業には人が集まらなくなる可能性があります。
――確かに。
前川 そもそも今回のインフレは、日本の場合、外圧によるものです。例えばウクライナでの戦争によって小麦の値段が上がるといったことですね。世界はどうかと言えば、すでに人件費がどんどん上がっていて、人件費高騰に伴うインフレを抑制しようと中央銀行が利上げをしています。米国は5%まで利上げしました。日本はようやくイールドカーブ・コントロール(長期金利を低く抑え込んでいる長短金利操作)を修正しましたけれど、まだマイナス金利が続いている。この金利差が為替に影響して円安の状態を作り出し、輸入原料は高止まりしたまま。これまでは安い金利と安い人件費でも良かったわけですけど、外圧インフレでそうも言っていられなくなったということですよね。
――なるほど。
前川 先日、外食業界でM&Aを検討されている方々とのお打ち合わせの中で、興味深い話が出たんです。外食業界は足元で比較的価格転嫁が受け入れられていて、割と好調な企業が多い。それでもその方々は外食企業に対してもうちょっと様子を見たいと。なぜかというと、外食業界はまだ人件費を十分に上げられていないから。人件費を上げたら今は黒字でも途端に赤字に転落する企業が多いのではと考えているんですね。それで外食以外の様々な業種の方にも聞いてみたのですが、皆さんなかなか人件費を上げられていない。ベア(ベースアップ)が話題ですが、あれは大手上場企業の話。労働者の7~8割を占める中小企業はまだまだ上がっているとは言えないと思います。
――そうすると、人件費アップによる企業淘汰が今後着実に進むと。
前川 そう見ていますし、実際に起きてもいます。介護の世界では事業者の収支が悪化し、事業所を運営できなくなるケースが出てきていますし、先日話題となった広島の給食業者が破産したのも高騰する人件費が重荷になったことが一因とのことです。ただ、これも今後社会的に許容されるのではないかと個人的には見ていまして、そもそも日本は人口が減っていきますよね。そんな中でインフレなのに給料はそのままで、結婚ができない、子どもも育てられないとなったら生活者はもちろんですが、その状態を放置していいはずはないと思っています。ですので、人件費高騰による倒産は3年から5年で定着すると見ています。
正規のインフレに続く金利上昇の影響
――食品スーパーに限らず日本全体が大きな転換点に来ているのですね。
前川 はい。ただコストアップは人件費で終わりではないんです。人件費が上がり、企業の淘汰が進んでいくと、今度は内需喚起による正規のインフレが起こってくると思います。そこでようやく日銀が金利を上げられるタイミングが来るわけです。そうすると市中の銀行はそれ以上の金利で貸さないと損をするわけですから、さらに金利を上げます。日本は優良企業であれば現状1%を切っているわけですが、1%であれば投資回収の期間は100年です。これが2%に上がっただけで投資回収は50年になり、3%なら33年になる。すなわち50年や33年で投資回収できる事業しか生き残っていけない環境になるわけです。
――金利が上がると競争力のある企業しか生き残れなくなると。
前川 おっしゃるとおりです。金利が上がるとこれまでのような長期投資はできなくなってきます。食品スーパーなら出店戦略一つ取っても今以上に慎重さが求められるようになります。
――ヒト・モノ・カネのうち、ヒトとカネの2段階でコストアップが来ると。
前川 正直、今が底だと思っています。これから人件費が上がり、人件費高騰によるインフレが起きてくれば金利も上がる。人件費を上げずに生き残るというのはもはや無理でしょうし、投資も今まで以上にシビアに考えていく必要がある。この2段階のコストアップが現実味を帯び始める中で、今後どのような経営方針を立てるかが問われています。
円の中心にいるからこそ大きな変化に気づきにくい
――足元の食品スーパー業界をどう見ていますか。
前川 二極化が進んでいると思います。もともと黒字で、コロナの中でも人件費を上げ、設備投資もできている企業は今後も十分生き残ることができる。逆に現時点で人件費を上げられていない企業はこの先厳しい。特に食品スーパーはコロナのタイミングで人件費を上げるチャンスがあったわけです。でもおそらく上げられていない企業は借入金の返済などに消えてしまっているのではないでしょうか。これからさらに人件費は上がっていきます。人件費の影響は二つで、一つは自社の従業員の給料アップですが、もう一つは取引先の人件費アップです。当然、それらは商品やエネルギー価格に転嫁されてこれもコストアップになりますので。
――経営者の危機感は高まっていると感じていますか。
前川 高まっていると思います。実際、私どもが見ていても厳しい企業は少なくありません。ただ食品スーパー業界の皆さんは、少なくともM&Aに対する関心はそれほど高くありません。現時点ですでに赤字の企業さんは同業の買い手が付きづらく、廃業するか、あるいはドラッグストアなどの異業種と提携し業態を変えてしまうかで選択肢は少ないです。帝国データバンクの調査にあった減益企業は、人件費を上げられていないのであればこの先は苦しいと思います。
――都市部と地方でコストアップの影響に差はありますか。
前川 地方、特に田舎のほうが影響は緩やかだと考えています。地方ではまだまだシルバー世代の方々が現役で働かれていますよね。土木の現場を支えているのは70代の方々だったりします。そうした高齢者の方に支えられている経済が実は地方には結構あります。そこでは食品スーパーも都市部よりも競争が少なく、比較的馴染みのお客さんが多い。給料は安いかもしれないけど、長年働いた店でもう少しだけ働こうかという方は結構いらっしゃると思うんですね。
――納得がいきます。
前川 実はいま、M&A仲介市場が大きくなりつつあります。仲介企業も増えていて、M&Aという選択肢はかなり浸透してきています。すでに物流や食品メーカー、卸の業界などはM&Aが増加傾向にあります。銀行も今後は不良債権が増えるでしょうから、統廃合が進むはず。そうすると、借り入れの重い食品スーパーは銀行主導で今まで以上に強い再編要請が来ることも考えられます。
――外堀から埋まっていくと。
前川 食品スーパーは円の中心部にいるのでどうしても大きな変化に気づきにくい。近隣に競合店が出たという分かりやすい環境変化には気付ける。でももっと大きな変化は遠くからゆっくりと着実に迫ってきています。そんな環境下でも商品力を磨いて人件費を上げていけるのであればその経営は素晴らしいと思います。でもそれができないのであれば、別の選択肢を考えないといけない。M&Aを「生産性の高い企業への集団転職」と表現する識者の方がいらっしゃいましたが、それも一つの選択肢かもしれません。
前川 勇慈 M&Aキャピタルパートナーズ株式会社 執行役員企業情報部部長(公認会計士)
2009年公認会計士登録。会計コンサルティング会社にて、上場会社同士の資本業務提携、上場会社のMBO支援などに従事したのち、2021年入社。上場コンビニチェーンの資本業務提携支援、大手商社と中堅食品スーパーの資本業務提携支援等の実績を有する。
小売業界の新時代における経営戦略
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