ネットスーパーは需要と供給の齟齬が大きい。コロナがそれを如実に示した。外出自粛、巣ごもりで食材を自宅に届けてほしいという需要は爆発的に伸びたが、小売業はそれに応えきることができなかった。理由は旧態依然のアナログの仕組みにある。収益性が低く中々黒字化しないのもそのためだ。10Xは小売業の現場に踏み込み実態を解明。システム化を着々と進め、事業化の道を切り開いている。(インタビュアー・栗田晴彦)
店での買い物と同じ仕組みを作った
――10Ⅹの基盤サービスを活用してネットスーパーアプリを導入する小売業が相次いでいます。そもそもネットスーパーの支援事業をなぜやろうと思ったのですか。
矢本 我々の創業は2017年6月ですが、創業のきっかけは私が前職にいた時に育児休暇を取ったことです。家事を一通りやってみて、一番大変だったのが買い物と料理でした。しかもここは私が子どもの頃と何も変わっていない。ネットで当たり前に買える状況ではないし、毎日献立を考えるのも面倒臭いなと。それで最初は献立作成アプリ「タベリー」を創って、10Ⅹを創業したんです。
――それがなぜネットスーパーの支援事業をやることに。
矢本 「タベリー」は1週間分の献立を推薦し、その献立に必要な食材をリストにできるもので、19年からはネットスーパー4社(イトーヨーカ堂、イオン、楽天西友、ライフコーポレーション)と連携して、4社のネットスーパーに注文を投げられる、それも食材トータルの金額を比較してどこで買うかを決められるアプリを導入しました。これが非常に大きな反響を呼んだんですが、我々は思ったほどお客様に良い体験を提供できているとは思わなかった。
――それはまたどうして。
矢本 ネットスーパーを使いたくても使えない方が沢山おられることに気づいたためです。入会時にすごく長い会員登録が必要でそこで止めちゃうとか、一番ニーズの多い夕方の便はいつも満便で注文できないとか。また注文が集中すると、サーバーがすぐにダウンするということも多発していました。こうした問題は「タベリー」のようなサービスを外から提供するだけじゃ解決できない。小売りの側にしっかり足を踏み入れて問題の根源を解決することが必要だし、また小売業さんがちゃんと利益を生んで事業を継続できるものを設計して提供していくことはすごく価値があることだと思ったわけです。
――なるほど。
矢本 それで昨年5月にネットスーパーアプリのプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」の提供を開始したんですね。その最初の提供先がイトーヨーカ堂さんで、その後フレスタさん、ライフさん、薬王堂さんへと広がっているというのがこの1年の状況です。
――ネットスーパーは利用は増えていますが、多くが赤字です。10Ⅹのシステムを使うと、実際に収益性が高まるのですか。
矢本 そうですね。理由は三つあって、粗利益率が高まり、オペレーションと配送のコストを下げられる。その結果、注文1回の利益が出るようになるんですね。その上でリピート率と利用頻度が高まるので、継続的に利益を積み上げていけるわけです。
――粗利益率がなぜ高まるのですか。
矢本 ちょっと面白いなと思ったんですが、ネットスーパーで買われるものはこれまで水、ティッシュペーパーなど粗利が低いものが中心でした。そのため1回で7000円買ってもらっても、利益が出なかった。粗利が10%程度の商品が中心では、どうやっても経費を賄えませんから。これに対して我々のシステムは、レシピから買える「日替わりレシピ」機能があったり、青果から始まって精肉、鮮魚へ続くなど、実際のお店に入った時のような体験で売り場を巡ることができるんです。なので本当に実際のお店と同じように使っていただいていて、粗利の高い生鮮や惣菜を購入される方の比率がすごく上がっているんですね。つまりネットスーパーの使われ方が、より日常的なものへ変わる結果として粗利益率が高まるわけです。
――なるほど、リピート率や利用頻度が高まるのもそのためですね。
矢本 それが一番ですが、レシピから買える機能の他にも、商品の探しやすさやマイリスト機能によって、極力短時間で便利な買い物ができるようにしているんですね。実際イトーヨーカ堂さんでは、1回の平均買い物時間が従来のウェブでのネットスーパーの半分に短縮されているという検証結果も得ています。これもファンになっていただける要因かなと思っています。
――オペレーションコストはなぜ削減できるのですか。
矢本 オペレーションで何が大変かと言えば、例えば1日に100件注文があって、注文商品が2500点あるとします。それをお店の方が売り場から持ってきて、1件3箱として300箱に分ける作業をしている。このピッキングとパッキングを今は紙でやっているので、ものすごく大変なんですね。これを効率化しようと、我々は専用のアプリを開発しています。これは近々リリースする予定ですが、そうすると作業のスピードが上がるだけでなく、ミスもなくなるので、人件費を削減できるんです。
――では配送費はどうやって。
矢本 配送も同じです。今は人がルートごとに区分けをして、ドライバーさんが道順を手書きで40分ぐらいかけて考えて配送しているんですが、いざ荷物を積んでみたら2箱載らないのでバンをもう1台追加しなきゃいけないみたいなことをやっておられる。我々の場合は受注からお届けまでのデータを一気通貫で管理しているので、注文を締め切った段階で箱の数から車両台数、配送ルートまでを自動で割り出せるんですね。つまりお店の方とドライバーさんの作業をサポートできるアプリを開発することで、利益を出しやすくしているんです。
取引先と我々は一緒に成長していく
――日本のネットスーパーがなかなか採算が取れないのは、そうしたデジタルの活用が遅れていることも要因でしょうか。
矢本 店舗とネットスーパーは、利益を出すために頑張らなきゃいけないことが違うんです。店舗は固定費のビジネスなので、お客様が増えれば利益が出ますよね。つまりいかに集客するかが一番重要です。でもネットスーパーは変動費のビジネスなので、1回の注文が赤字だといくら注文が増えてもずっと赤字です。だから粗利や経費を緻密に計算して1回の注文を黒字にすることが至上命題で、それにはやはりデータやAIなどの活用が欠かせないと思います。
――コロナ以降、需要が急増しているネットスーパーには、新規参入も相次いでいます。4社に続く引き合いも多いのですか。
矢本 実は昨年5月にリリースして以来、80社以上から問い合わせをいただいています。ですから来年の頭にかけて、提供先はかなり増えると見ています。ただ問い合わせをいただいた中にはネットスーパーを重要なサービスとしてやるんじゃなくて、他社がやっているからやろうという企業もあって、それは我々としては違うなと。
――分かります。
矢本 ネットスーパーをやるメリットは、商圏内のシェアを上げられることです。これはすでに手掛けておられる企業で、実際に見えてきています。例えば月2回来店されていた方が、これにプラスしてネットスーパーを月2回使われるといったことが現実に起きているんですね。従って我々は、人口が減っていく中で商圏内のお客様に愛されるものを作りたいという強い意志があるか。これを組ませていただく最初の基準にしています。
――では断るケースも多いのですか。
矢本 結構ありますね。ネットでビジネスをするというのは簡単なことではないし、痛みも伴うものなので、明確な目的と強い意志がないと続かない。ですから我々も問い合わせをいただくと、過去5年間の業績や中期計画などをとことん読み込んで、その会社がどんな考え方を持っているのかをまず知る努力をしています。
――外部のシステムを使うと、毎月使用料がかかります。中小スーパーにとってそれは負担にはならないのですか。
矢本 ネットスーパーをやるには、まずシステムを開発しなきゃいけませんよね。ベンダーさんに自社だけのシステムを作ってもらうと、20億円とかかかります。でも我々の場合は、それが要らないんですよ。パートナー企業数社から得た知見でベストなオープンシステムを作っているので、初期投資ゼロで使っていただける。なぜこういう方法にしたかと言うと、ネットスーパーはどこも1店から始めます。そこに20億円の投資ができる企業は、限られていますよね。
――つまり汎用性を持たせることで、逆に中小スーパーでも参入できるようにしたのですね。
矢本 また月額使用料も固定費と売上連動費の2階建てにして、売上連動の比率を大きくしているので、ほとんどリスクを負わずにスタートできるんですね。それで売り上げが伸びれば我々もうれしいので、システムを提供して終わりじゃなくて、お客様をどうやって獲得するかとか、2回目をいかに使っていただくかとか、扱い商品をもっと増やすにはどうすればいいかとか、そういうところまで踏み込んで一緒に成長していくようにしています。そうしなければ我々も収益を得られないからなんですけど。
供給側の能力が全く足りていない
――コロナ禍で急増したネットスーパーの利用は、今後もまだ増えると見ていますか。
矢本 全然増えると思います。と言うより日本の増え方はものすごく少ないと思っています。例えば米国のネットスーパーは昨年市場がほぼ2倍になりましたし、英国も2倍以上になっている。日本は1.3倍ぐらいですから、一人負けと言うか、世界の中で日本だけが取り残されたというのが私の所感です。
――その理由は。
矢本 結構シンプルで、米国の小売業ってどこの会社も内部にIT部門を持っているんです。これに対して日本の小売業はITベンダー依存で、ここにほとんど投資してこなかった。一人負けはその結果で、日本には今スーパーが約2万2000店あるんですが、そのうちネットスーパーをやっている店舗は4%しかないんです。96%はそもそもオンラインになっていなくて、やっている店舗も1店当たりの出荷量をなかなか増やせない。この二つがボトルネックになって、コロナを機にアクセス、すなわち潜在的なお客様は10倍ぐらいに増えたんですが、市場は結局3割しか伸びなかった。つまり供給側の能力が全く足りていないことが、非常に大きい問題として露呈したんですね。それを解消するために、我々が今頑張らなきゃいけないなと思っているんですけど。
――米国では中小を含め、もうどこもネットスーパーをやっているのですか。
矢本 米国にはインスタカートという買い物代行サービスの会社があって、そこに登録さえすればお客様はネットで買えて商品が届く。だから構造は違うんですが、少なくともオンラインで商売ができるわけです。これに対して日本は、都市部を除けば自社で立ち上げる選択肢しかありません。でもまだ手付かずの企業の中には、ネットスーパーの必要性は感じているけど、いきなり多額の投資はできないとか、そもそもどうやって立ち上げていいのか分からないというところが多いんですね。また始めてはみたけど採算が取れなくて、と言って大手のように新たな投資もできなくて拡大できないところも少なくありません。
――96%の多くはそうだと。
矢本 でもそういうお店が、地域に本当に根差した魅力的なスーパーだったりするわけじゃないですか。そういうお店がオンライン時代にも生き残っていけるお手伝いをさせていただくことがとても楽しいし、買い物の機能や後ろの仕組みをデザインし直すだけでネットスーパーの事業が良くなる事例をこれからどんどん作っていけると思っているんですね。
――その事例を増やすことで、ネットスーパーの裾野を広げていくということですね。
矢本 おっしゃる通りで、例えばネットスーパーのSKUは店舗の半分ぐらいしかないんです。店頭在庫が少ないものは欠品を恐れて出せないとか。要はお店の魅力が出ていないんですよ。でもこれも我々がデータを一元管理することでもっと増やせるし、ネットスーパーを良くするためにやれることやるべきことはまだまだ沢山あって、それを一つひとつしっかりやっていきたいと思っています。
――小売業のOMO化を促進するために、今後仕掛けていきたいことはありますか。
矢本 ネットスーパーを使われるお客様は、多くが日頃利用しているお店のネットスーパーを使われているんです。でも今はお店とネットスーパーのアプリは別々です。お客様からしたらこれは統合した方が便利だし、スマホレジのような機能もまとめていける。つまりお客様にはオールインワンのアプリを提供し、しかしその後ろはネットスーパー、店舗の方のアプリと細分化して、それぞれの作業を最適化していく。そうすればその企業にもっと簡単にアクセスしたいお客様と、もっと利益を出したいお店のニーズを両方満たせるので、そういうものを提供できればいいなと思っています。
――アプリもそうだし、固定客作りももはやアナログだけではできない時代になったということですね。
矢本 我々はそのためのソリューションを提供していかないといけない。小売業さんの固定客作りと収益向上に貢献できてこそ、我々の成長もあると考えています。(構成・石橋忠子)
矢本真丈(やもと・まさたけ)氏 東北大学で応用化学修士取得卒業後、丸紅にて資源投資業務、一般社団法人RCFにてGoogleとのイノベーション東北プロジェクト、スマービー(現・ストライプインターナショナル)にてママ向けEC・スマービーの責任者を務める。その後メルカリを経て、2017年6月より10Xを創業、代表取締役を務める