商業統計の廃止
1952年から70年近く続けられていた経済産業省「商業統計調査」が廃止された。今後は、後継調査として「経済センサス活動調査」や「経済構造実態調査」にその役割が引き継がれることになっている。しかし実際にはこれまで「商業統計」に求められてきた役割は引き継がず、今後小売業の実態を把握することは極めて困難な事態に直面することが必至となる。商業統計は、国内すべての事業所を対象にした「全数調査」である。また国の基幹統計に指定されており、回答拒否には罰金が科せられるため回答率が高い。それゆえ、調査の信頼度は非常に高く、現状を把握できる極めて貴重な統計データとして長い間活用されてきた。しかし、全数調査は実施に多額のコストがかかるだけでなく、各省庁が業種ごとにそれぞれ異なる時期に調査を実施することで、対象となる事業所や企業の回答への負荷が課題とされてきた。そのため2000年代から構造改革の一環として、大規模統計の統廃合、簡素化の動きが進められ、09年に経済センサス基礎調査が創設されたのを皮切りに調査の見直しの動きが続いている。
全数調査の役割は母集団の把握
商業統計に最も期待されていたのは、商業に関連する母集団の把握、例えば国内企業総数や事業所総数、売り上げ規模といった情報を正確に把握することである。これにより得られた母集団情報は、業界の基礎情報になるだけでなく、収集データなどの推計にも利用されてきた。
後継調査の一つである「経済構造実態調査」は、商業活動の把握ではなく、企業における年間の費用と売り上げを調査し、付加価値額を把握することであり、GDP統計の精度向上が目的である。調査対象は売り上げ上位企業に限られており、全数調査ではない。ただし、企業数や年間商品販売額は推計値として公表されている。また企業を対象とした調査であるため、例えば小売業に分類された企業では、仮に傘下に小売以外の事業所が存在しても、売り上げはすべて合算され、年間商品販売額として公表される。このように商業統計で公表されていたものとは性質の異なるデータとなっている。
次に「経済センサス基礎調査」は、事業所名簿の更新を目的に実施される全数調査である。事業所数は公表されているが、企業数は公表されていない。また小売りに分類された事業所であっても、年間商品販売額ではなく事業所売り上げが公表されており、こちらも小売り以外の売り上げが含まれたデータである。
商業統計の後継調査に最も近いのは、国内すべての事業所を対象に商業統計に準じた項目も調査を行っている「経済センサス活動調査」だろう。これまで同様に企業数や事業所数、年間商品販売額の公表も行われている。ただし商業統計では、取扱商品販売額を個別にすべて調査していたが、経済センサス活動調査では売り上げ上位15品目に限定した調査に簡素化されている。そのため商業統計では公表されていた商品カテゴリー別販売額は集計されず、年間商品販売額のみの公表にとどまっている。
分類にはスーパー以外の事業所も混在
さらに影響が大きいのは、商業統計とともに姿を消す業態分類の廃止である。商業統計では、小売り事業所について取扱商品比率や販売様式(セルフサービス方式の有無)、売り場面積などにより、独自の業態分類が行われていた。しかし後継調査では、業態の分類は日本標準産業分類に一本化される。その結果、事実上スーパーマーケット業を特定できる分類は姿を消すことになり、業界動向の把握は困難を極めることになる。
日本標準産業分類では食品小売業について、以下のような手順で分類を行っている。
1、売り上げ全体に対する衣・食・住関連の売り上げがいずれも10%から70%未満の事業所を「56 各種商品小売業」に分類、従業員50人以上を「561 百貨店、総合スーパー」に分類する。
2、1に該当せず、食品を3品目以上取り扱い、いずれも50%未満の事業所が「581 各種食料品小売業」に格付けされる。
3、2に該当せず、特定品目の売り上げ比率が50%を超える事業所を、専門小売業に分類する。例えば、野菜以外に1品目しか取り扱いがなく、野菜の売り上げが50%以上であれば、「582 野菜・果実小売業」に格付けされる。
4、2に該当せず、その他食品(弁当や惣菜などの料理品など)を取り扱う事業所は「589 その他の飲食料品小売業」に格付けされる。そのうち、セルフサービス方式を採用し、14時間以上の長時間営業や売り場面積30平方メートル以上250平方メートル未満の事業所は、「5891 コンビニエンスストア」に格付けされる。
総合スーパーと食品スーパーの分類には大きな違いはない。しかし「581 各種食料品小売業」が、食品売上構成比50%以上というかなり広義な条件であることで、食品を3品目以上取り扱う青果店や酒店などの専門店もここに分類される可能性が高い。またドラッグストアを中心に食品強化の動きが進むなかで、いずれ多くの業態がここに格付けされることが予想される。このように様々な業態が混在する曖昧な分類では、その役割を果たしているとはいえないだろう。
さらに問題は、「5891 コンビニエンスストア」を格付けする場合を除き、セルフサービス方式採用の有無が分類に考慮されないことである。これにより、百貨店と総合スーパーを区別できないだけでなく、「581 各種食料品小売業」においても、セルフ、非セルフ店が混在する分類となっている。14年の商業統計調査によれば、「581 各種食料品小売業」に格付けされている事業所のうちセルフサービス方式を採用している事業所は約6割、一方約4割はセルフサービス方式を採用していない事業所となっている。具体的には駅や施設内売店、直売所、個人商店など、商業統計の業態分類において「食料品中心店」に格付けされた事業所がこの分類に同居する形になっている。
スーパーマーケット業界を特定できる分類の新設は急務
商業統計の廃止により商業に特化した統計データは姿を消し、今後経済センサス活動調査が後継調査に位置付けられたとしても、商業統計との時系列での接続は困難な状況になった。さらに業態分類の廃止によりスーパーマーケット業を特定できる分類が存在しなくなった。今後利用される日本標準産業分類は、取り上げた以外でもすべての官公庁統計に採用されている分類方法である。このままでは、あらゆる統計データで業界の実態把握が困難になるだけでなく、政策判断など様々な場面でも多大な不利益を被ることは避けられない。セルフサービス方式採用などの新たな条件を追加することで、早急にスーパーマーケット業を特定できる新しい分類を日本標準産業分類に新設、追加することが急務であると考える。
(写真:経済センサス活動調査 https://www.e-census2021.go.jp/about/)
長瀬直人(ながせ・なおと) 一般社団法人全国スーパーマーケット協会主任研究員。高千穂大学客員教授。