銀泰百貨店のリーシング体制
これまでの連載では、銀泰百貨店がDX化を通じてどのように集客力、販売力を高めてきたかを見てきた。第3回のテーマはリーシングだ。
百貨店は主にテナントとの契約を通じて商品やサービスを提供するため、リーシングは百貨店の集客力と収益性に直結する重要な活動である。2019年以降、銀泰百貨店は一連の組織改革を実施し、本部の商品計画部門、カテゴリーチーム、および店長からなるリーシング体制を構築した。
まず本部の商品計画部門は、市場調査、デジタル会員情報、来店客の流れのデータ、店長からの現場情報などを元に、各店舗が消費者の心の中でどのようなポジションに置かれたいかの目標を立て、3~5年の中期計画案を作成する。この計画案について、本部のカテゴリーチームおよび店舗の店長と議論し、3者の合意が得られた場合、取締役との協議に進む。取締役の承認が得られれば、カテゴリーチームの担当者が、店舗が目指すポジションに応じてリーシングを実施する。承認が得られなかった場合、商品計画部門が計画案を修正し、承認されるまで同じプロセスを繰り返す。
カテゴリーチームは全部で18あり、高い自主性と裁量権を持っている。さらに、カテゴリーチーム内ではブランドとの共同運営制度が導入されており、希望者は挙手制で自身の望む店舗のブランドを担当できる。売り上げや利益などの高い目標を掲げた者が責任者として選出され、その責任者は誘致から運営、契約更新に至るまで、当該ブランドのライフサイクル全般に対して責任を負う。
これまで百貨店側は新規契約、契約更新、運営とそれぞれ異なるチームが担当していたが、この制度の導入により、それらすべてを責任者が見るようになったことで、ブランド側との意思疎通が円滑になった。また責任者は自ら担当するブランドの業績が自身およびチームの報酬に直結するため、誘致してからの運営に対するモチベーションを高く維持することができる。
カテゴリーチームは毎年3~4カ月をかけて、銀泰百貨店に入居しているブランドや、新規開店・リニューアルを踏まえて、新しく誘致したいブランドなどを複数の指標から評価し、リーシングに備えるためのブランド1覧を作成する。毎年平均15~18%のテナントが入れ替わる。店舗のポジションといった重大な変更にかかわらない通常の入れ替えに関しては、取締役との協議を抜きに、商品計画部門、カテゴリーチーム、店長の3者が合意すれば実施可能となっている。
AIカメラで来店客の流れを見える化し徹底分析
銀泰百貨店では、賃料について「一舗一价(1区画ごとに異なる価格設定)」の方針を採用している。店舗全体の来店客数や特定の区画への来客数、顧客の動線、競合店舗を含む商圏の状況、景気など、さまざまな要素を考慮しながら賃料を決定する。そして、半年ごとに見直しを実施し、区画ごとの賃料を調整している。その中で、来店客の流れを正確に把握することは、賃料設定の客観的な根拠を提供するだけでなく、日々の運営に活用できるデータの提供にもつながる。
そこで銀泰百貨店が16年に設立したのが、蓮荷科技と深象智能科技という二つのIT企業だ。蓮荷科技は、運営に必要な「ヒト・モノ・売り場(オンラインとオフライン)」を統合するオペレーションシステムの開発を担い、第1回連載で紹介したAIロボットなども手がけている。一方、深象智能科技は視覚AIアルゴリズム(実用シーンにおける大規模なクロスカメラ歩行者リアルタイム追跡技術と複雑なヒトとモノとのインタラクション行動認識技術)を核とした技術を提供し、来店客の流れを正確に追跡し、リーシングに必要なデータを多次元的に提供している。
具体的にどう分析しているのか。まず、視覚AIはカメラを通じて来店客の髪型や髪色、服装、靴、アクセサリーの種類や色、さらに体型、歩き方、姿勢といった生物的特徴を把握し、推測した年齢や性別などの情報を基に、来店客一人ひとりにその日のIDタグを自動生成する。
次に、業界トップレベルの視覚AIアルゴリズムと、AIに事前登録された商品カテゴリー別(アパレル、靴・バッグ、化粧品、電子機器など)の購買モデルを活用し、来店客の動線や購買行動を可視化する。これにより、出入り口の来店客数をはじめ、フロアごとの顧客数や各エリアでの顧客の集まり具合を示す熱力マップをリアルタイムで観測し、店舗全体・フロア別・テナント別の来店客数を正確に把握している。
さらに、単なる可視化にとどまらず、顧客をさまざまな属性や行動パターンに基づいて分類し、その特徴を詳細に分析している。例えば、性別や年齢、平均滞在時間、訪問したフロアやテナントの種類・数などのデータを基に、最も多い顧客層の代表的な特徴を抽出する。これにより、店舗・フロア・テナントごとの主要な顧客の特性を明確に把握できるのだ。
銀泰百貨店は、このように多次元で精度の高い来店客の行動データを基に、テナント間やカテゴリー間の関連性を分析することで、テナントの配置を最適化している。例えば、23年に紹興銀泰百貨店の改装では、来店客の流れと特徴分析を基に、地下1階にZ世代向けのエリアを設けた。そこに、ロリータ、JKファッション、アニメ関連、手帳雑貨関連の物販やカフェ・ミルクティーの飲食店などを導入し、大人気を博した(徐 2023)。
さらに、これらのデータは家賃算出のアルゴリズムにも活用され、その結果は商品企画部門、カテゴリーチーム、店長が家賃を決定する際の参考資料となっている。ただし、家賃設定には前述のさまざまな要素を考慮する必要があるため、AIが算出した結果と実際の家賃設定にはまだ一定の差がある。それでも、客観的な多次元データに基づいているため、参考としての価値は十分にあるとのことである。また、実際の家賃とその設定理由をビジネスインテリジェンス部門にフィードバックし、そのデータをもとにアルゴリズムの改善と精度向上も進めている。将来的には、AIによるより正確な家賃設定が可能になることも期待される。
テナントスペースのデジタル管理で館の価値を最大化
もう一方のIT企業「蓮荷科技」は、テナントスペースをデジタル化し、リーシングプラットフォーム(下記参照)を開発することで、リーシングの効率性と公平性を向上させている。

彼らは19年にテナントスペースの基礎情報をデジタル化し、その後、基本的な位置や面積情報に加えて、施設管理やリーシング条件などのデータをデジタルマップに追加し、情報の充実を図った。これにより、テナントスペースの情報をリアルタイムで更新し、情報の遅延や不正確さを解消することができた。
次に、テナントスペースのライフサイクル管理を強化するため、タスク管理機能を追加し、空きテナントの情報開示から新規契約、契約更新までの各プロセスを正確にコントロールし、最適化できるようになった。
さらに、透明性の高い公平なリーシングプロセスを実現するために、リーシングプラットフォームを構築した。具体的には、テナント募集の公開、優先オファーの選定、自動入札・評価、契約締結までを一貫して管理できるシステムを確立した。
銀泰百貨店は、こうしたテナントスペースのデジタル管理によりリーシングの機会を拡大し、テナントスペースの価値最大化を実現している。実際に、年間数10万㎡のテナントスペースがリーシングプラットフォーム上で取引され、同じ賃貸面積での賃料が従来比20%向上した。
また、デジタル管理は業務の効率化にも貢献している。リーシングプロセスの透明化・簡素化により、従業員の業務負担が軽減されるとともに、ブランド側とのコミュニケーションのスピードと精度も向上した。管理層にとっては、リアルタイムでリーシング状況を可視化できるため、迅速な意思決定と部下の適切な評価が可能となり、管理効率が大幅に高まった。そして、ブランド側にとっては、リアルタイムの物件情報の更新と透明性向上により、空きテナントやオークション情報を効率的に取得できるようになり、情報収集コストの大幅削減と迅速な意思決定が可能となった。
これらのデジタルツールはすでに商業化されており、ショッピングモール、百貨店、スーパーマーケット、車の展示販売などの分野で導入が進んでいる。次回は技術面に焦点を当て、IT技術投資の視点から、銀泰百貨店がニューリテールを実現するために必要だった前提条件を考察していく。
参考文献
徐鑫(2023)「双11 下的银泰百货: 一个AI 走向线下商业的典型样本」https://t.cj.sina.com.cn/articles/
view/5685329651/152df3ef3001018ah9?cref=cj、2025 年3 月11 日アクセス。

著者:秦小紅(左、共立女子大学ビジネス学部専任講師)、成田景堯(右、松山大学経営学部准教授)