世界最大の小売業者であるウォルマートが、サプライチェーンにおける最新テクノロジーのグローバル展開を加速している。アメリカ国内で実証されてきたAI(人工知能)と自動化の仕組みを、カナダやメキシコ、コスタリカなどの各国市場に広げることで、従来とは次元の異なるオペレーション効率を実現しようとしている。

 この戦略の中核を成すのが、リアルタイムで状況を判断・修正する「自己修復型インベントリ」や、「エージェンティックAI」と呼ばれる能動型AIである。これらの技術によって、需要予測、在庫管理、配送計画、フルフィルメント(受注から発送まで)までのすべての工程が、高精度かつ自動的に最適化される。

夜明け前から始動するインテリジェントな供給網

 ウォルマートのグローバルサプライチェーンには、人の手によるものに加えて、24時間稼働し続けるAIと自動化のインフラが存在する。たとえばコスタリカの物流拠点では午前4時前には青果の仕分けが始まっており、予測型の輸送システムによって最適な配送ルートが自動で決定されている。これにより、到着した時点でより鮮度の高い食品が店舗に並び、手作業の工程も削減される。

 また、カナダ・カルガリーのフルフィルメントセンターでは、注文処理、異常検知、配送スケジュールの最適化までを一貫して自動化。倉庫内の作業は「予見」によって動いており、すべてのアイテムが意味を持って動かされている。

 メキシコシティでは「自己修復型インベントリ」が中心的な役割を果たしている。店舗の棚が満杯になったり在庫過多になったりした場合、このシステムが自動で他店舗への在庫再配置を行う。これにより無駄な廃棄が抑制され、同一の在庫が最大限に活用される。実際にこの仕組みによって、ウォルマートはすでに5500万ドル以上のコスト削減に成功している。

サプライチェーンの舞台裏に広がる共通技術基盤

 ウォルマートが展開している各国のオペレーションは、個別最適ではなく共通の技術基盤によって統一されている点が重要だ。同社の国際部門CTO(最高技術責任者)であるヴィノッド・ビダルコッパ氏は、「自己修復型の在庫やエージェンティックAIの導入は、リアルタイムのシグナルを即時行動に変換する力を持つ」と語る。

 倉庫管理システムにはスマートカメラが搭載され、リアルタイムで設備の稼働状況を監視。すべてのデータが統一されたプラットフォーム上で可視化されており、各国のチームはこの技術スタックを活用して、迅速にローカル対応のカスタマイズを加えることができる。ゼロから開発する従来手法と比較して、数倍の速度で展開が可能になっている。

 ウォルマートのテクノロジーは、サプライチェーンだけでなく商品開発にも活用されている。ソーシャルメディア上の話題や検索トレンドを解析する「トレンド・トゥ・プロダクト」は、次に顧客が欲しがるであろう商品を予測し、それを生成AIによって企画・商品化するもの。通常なら数カ月かかる開発工程が、最短で6週間に短縮される。

 さらに、全拠点の在庫をリアルタイムで統合的に把握できる「エンタープライズ・インベントリ」によって、店舗・オンライン・物流拠点すべての在庫が一元管理されるようになった。これにより、顧客がアプリで閲覧する商品情報と、実際の店舗在庫が常に一致し、購買体験の質が大きく向上する。

エージェンティックAIで現場業務が激変

 特筆すべきは、ウォルマートが導入を進める「エージェンティックAI」の存在である。これは、従業員が「この店舗で不足していた商品は?」などの質問を投げかけると、瞬時に状況分析を行い、次のアクションを提示するものだ。従来は数時間かけて分析・報告していた業務が、わずか数秒で完了する。

 これにより、店舗スタッフやロジスティクス担当者は、ルーティン業務から解放され、本来の「顧客サービス」に集中できるようになった。

 このようなインテリジェント化の恩恵は、顧客・従業員・サプライヤーのすべてに及ぶ。顧客にとっては「欲しい商品が、欲しいときに、欲しい場所に」届く精度が向上し、従業員は作業負荷を減らしながら、より価値の高い業務に専念できる。さらに、サプライヤーにとっては、需要動向の精緻な可視化により、より高度な連携とスピード感のある納品が可能となる。

 ウォルマートは、このAIと自動化を国境を越えてスケーラブルに展開することで、単なる業務効率化にとどまらず、企業全体のビジネスモデルそのものを変革しようとしている。サプライチェーンという企業の「神経系」を磨き上げ、全世界の店舗と顧客を一体化することで、小売業という業種そのものを再発明しようとする試みと言えるだろう。