「AI元年」と呼ばれた2023年を経て、ビジネスの現場にも生成AIの導入が本格化している。この流れにおいて、「労働集約型産業」の典型例である小売業はどのように向き合うべきか。マイクロソフト社の藤井創一氏(冒頭写真左)、笠倉英知氏(同右)によれば、「小売業こそAIの有用性を認識し、活用に取り組むことで新たな可能性が拓ける」という。本稿では生成AI活用で見えてくる、小売業の未来の姿について提示したい。

店舗従業員の頑張りに頼る経営から脱却すべき

 ビジネスの成長においてDX推進が言われて久しいが、小売業の現場は未だ、従業員一人ひとりのアナログな頑張りによって支えられている状況がある。必要なのはデータドリブン経営への移行だ。日々店舗で発生している膨大な顧客接点データを今一度集約し、分析。生産性改善やお客の体験向上、ひいては店舗の売り上げ増に生かすことが求められている。そして何よりこれは、日々業務に追われる従業員に新たな負担を強いることなく達成しなければ意味がないのである。

 こうした課題に対し、真価を発揮するのが生成AIだ。「AIの使用に特別なスキルやツールは必要ありません。データを取り込んだAIにテキストや音声で問いかければ、答えやアイデアが自然な文章で返ってくる。会話のようなやりとりの中でデータの分析・活用の道が開けます」とマイクロソフトコーポレーションの藤井創一氏は語る。

 マイクロソフトは現在、「Retail Unlocked」のキーワードの下、生成AIによって小売業のポテンシャルを引き出す施策に挑戦している。同社が提供するAIアシスタントが「Copilot」だ。OSやブラウザに備わる無料版から、アプリやサブスク・クラウドサービスと組み合わせて有料で提供するものまで、その展開は多岐にわたる。では、ここからはマイクロソフトが小売業と取り組み、既に稼働しているAI実装のユースケースについて見ていくことにしよう。

 紹介するのは国内小売最大手、イオングループとの取り組みだ。中でも興味深い事例が「イオン景気インデックス」だ。小売業の売り上げ分析の手法として、POSデータに公的機関等が公表する景気動向を組み合わせて見る、というものがある。ただこれには従来、景気指数の発表がリアルタイムでない、消費者の生活実感と乖離する、などの課題があった。そこでイオンは店長に景気状況のアンケートを実施。そのコメントをAIで要約・分析し、POSデータと関連づけて可視化したのだ。これの活用が進むことで、経営も現場も共感できる最適な計画立案や、施策の実行確度の向上が見込まれている。

 もう一つ、面白いのがECの商品説明やセールスコピーをAIで「自動作成」する取り組みだ。商品情報を入力し、オプションで「保守的」「革新的」などの調整を加えるだけで、AIが即時レスポンスする。労力の削減もさることながら、「人が担当した商品群よりもAIが担当した商品群の方がページビューが増える傾向がある」(藤井氏)というから、AIのコンテンツ創造力・訴求力には目を見張るものがある。

 AIの可能性はまだまだこんなものではない。ここからの事例は現時点では未実装の内容になるが、技術的には十分実現可能であり、期待値も大きい領域の話だ。

 先述の通り、日々の現場業務で忙しい従業員が、データを分析しながら最適な施策を実行することは容易ではない。が、ここでも生成AIが強い味方となる。例えばPOSデータを読み込ませたAIに「日配売り場の課題を教えて」と尋ねるとする。これに対し、AIはすぐに「豆腐の売り上げが昨対マイナスです」などと回答することができる。従業員は、要因は何か、どう対策すべきかと続けて質問していく。AIは購買履歴などを参照し、何の商品を品揃えすればよいか、陳列をどう見直せば売上改善につながるか、などの具体的なアクションを提案してくれる。従業員の習熟度にかかわらず、迅速なデータ分析と施策の検討が可能になるわけだ。

 藤井氏は、「応用の幅はまだある」と指摘する。在庫データや従業員のスケジュールまでをAIに読み込ませることで、「将来的にはタスクの立案や割り当てといった管理業務に近いことをAIに担わせることも可能になるのでは」という。期待は広がるばかりだ。

 また、働き手のみならず、消費者の体験向上にもAIはコミットする。例えば、これは既に米国のウォルマートが着手しているが、ECの検索窓に商品名や単語ではなく、「アメフトの観戦に必要なものを表示して」と入れると、AIが判断して該当の品をピックアップするなど。まさに小売業の未来の姿がここにあると言えよう。

まずは手近なAIに触れてみよう

 可能性の話も含め、先進的なAI活用事例をいくつか紹介してきたが、いかがだっただろうか。小売事業者がAIに興味を持つきっかけになったなら幸いだ。

 一方で、「まだ具体的なイメージが湧かない」「何から始めたらいいかわからない」という事業者もいるかもしれないが、難しく考える必要はない。そんな各位にはぜひ、普段使いのPCから最先端のAIに触れてみることをおすすめする。PCのOSがマイクロソフトのWindows11であれば、タスクバーに「Copilot」のアイコンがあるはずだ。未体験の方はまずこれをクリックして、立ち上がるフォームから質問を投げかけてみてほしい。

 また、マイクロソフトはAIの使用に最適化した「AI PC」の展開も始めている。日本マイクロソフトの笠倉英知氏は、「まず本部のDX推進メンバーなどからこうしたデバイスを導入してみることも意識改革のきっかけとしておすすめです。資料の素案作成や議事録の要約、翻訳といった基本分野からビジネスにCopilotを活用してみてください」と推奨する。実際にAIに向けてプロンプト(指示文)を書き、運用する体験が、AIを自社にどう取り入れるかのイメージ醸成につながるはずだ。