リテールメディアに取り組む小売業がこの数年で急速に増えている。ただその中身は広告事業に比重が置かれているケースが多く、そもそもメディアとして果たすべき役割、提供価値についての議論がまだまだ少ない。先行する海外では、CX(カスタマーエクスペリエンス)視点でサービスを磨く企業が着実にユーザーの支持を得ている。
 メディアとしての価値をどう磨き、その価値をどう顧客に届けるか。ドラッグストアのアプリの中でもユーザー評価が高い「サツドラ」のアプリを運営するサッポロドラッグストアー(以下、サツドラ)の坂本武史CDO(チーフデジタルオフィサー)と、そのサービスを裏で支えるBraze(以下、ブレイズ)の石本恭久氏、サイバーエージェント(以下、CA)の河中祥吾氏の3人に、直近1年のサツドラ公式アプリの進化の舞台裏について語ってもらった。

デジタル販促施策により紙チラシの削減へ

 ――サツドラ公式アプリは75万ダウンロードを突破し、ユーザーが増え続けています。改めてアプリの特徴を教えて下さい。

 坂本 基本的にはポイントカード機能、アプリ限定チラシの表示機能を搭載しています。このほかお客様に楽しくポイントを貯めていただく企画として、1週間で4万9000歩を歩くとスタンプが付与され、これが一定数貯まるとルーレットが回ってポイントが付与されたり、私どもの店舗や北海道コンサドーレ札幌のホームゲームに行くことでスタンプが貯まるといったチェックイン機能もあります。

坂本 武史/ Takeshi Sakamoto
サッポロドラッグストアーCDO
店長を経験し商品部・店舗運営部・デザイン販促室・プロダクト開発チーム・営業企画部(マーケティング)等様々な職位を経て現職。顧客体験を最適化することを目的とした、リテールDXを推進するべくアプリの開発・ECサイト開発・社内BIの構築、その他マーケティング政策などに携わっている。

 ――特にこの1年はどんな取り組みを。

 坂本 1to1マーケティングに本格的に取り組もうと、そのための準備を進めてきました。具体的にはカード(EZOCA:北海道共通ポイントカード「エゾカ」)会員のお客様にアプリのIDと紐づけていただく(連携する)という取り組みです。今後、私どもは店舗での販売だけでなく、ECや店舗での商品ピックアップなどを含めたOMOのサービス拡充に取り組んでいきたいと考えています。そのうえで欠かせないのがこれまで使っていただいているカードとアプリのIDの連携によるお客様情報の一元管理です。アプリを基軸として一つのIDをお使いいただければ、店舗やオンラインでのシームレスなお買い物体験を提供したり、またはお客様がどのようなものを購入されているかがわかり、そのお客様に合ったよりきめ細かな販促施策などのご提案ができるようになるわけです。

 ――1to1の実現に向け、CAではどのような準備をされたのですか。

 河中 一番はPDCAを速く回すための体制構築です。弊社はこれまでもサツドラ様のアプリ開発や実装に携わらせていただきました。1to1ということでは、改めてどういった目的でどんな施策を打ち、その結果のどこをどう評価した上で新たな手を打っていくか。こうした一連のPDCAに取り組んでいます。サツドラ公式アプリにはCRM(顧客管理)としてブレイズ様のツールが活用されています。ブレイズ様のツールは、複数チャネルへの配信や他のデータとの掛け合わせによる分析ができるなど様々な機能を有しており、パーソナライズしやすいことが特徴です。これらを最大限活用し、よりPDCAの速度を高めていくことに目下注力しているところです。

 ――先ほど話が出たIDの一本化にはどのように取り組んでいるのですか。

 河中 もともとアプリ内に、ポイントカードとアプリを連携する機能はありましたが、連携率が伸び悩んでいました。アプリでアンケート調査を行ったところ、そもそも連携できることを認知していないユーザーが一定数いることがわかりました。さらに本アンケートで「連携できることを知らなかった」と回答したユーザー群のその後の連携率が上がったことから、認知されれば連携率が上がる示唆も得られました。そこで、初回ホーム画面来訪時と、初回で連携完了しなかったユーザーにリマインドプッシュ通知/プッシュ開封後にIn-App-Messageを表示するなどの施策を行うことで、連携率を上げることができました。ブレイズ様の機能、CAのUI/UX設計力などを活かすことで実現できたと思います。

 ――連携率を上げつつ、個々の顧客に合った施策を打ってきたということですね。

 坂本 まだまだ1to1の施策自体は少ないですが、アプリ限定のチラシだったりクーポンだったり、ある程度セグメントしたお客様へのアプローチだったりと、複合的な取り組みをこの1年、毎週のようにやってきました。その結果として、弊社では現在、短期特売の折り込みチラシをほぼ無くすことに成功しました。

 ――それはすごいです。そこまで思い切っても大丈夫という手応えがあったのですか。

 坂本 当初から目標数値を設定していまして、アプリのダウンロード数ですとかMAU(月間アクティブユーザー数)ですとか、これらをきちんと達成することができましたので、そのタイミングで一気にチラシを減らしました。

 ――売り上げへの影響はなかったのですか。

 坂本 チラシの効果を補うだけの集客がしっかりできていましたので、客数への影響値は軽微であると認識しております。むしろロイヤルカスタマーのお客様に、よりお得にお買い物していただける施策となっていますので、その分、買い上げ点数が増えるなどの効果も確認できています。

 ――チラシを無くすことは、現場の理解や協力無しには達成できなかったのではないかと想像します。

 坂本 おっしゃるとおりです。弊社の場合、本部の方針を各店のスタッフがしっかり取り組んでくれていますので、現場の徹底力は弊社ならではの強みだと考えています。

 ――今回の取り組みは小売業のサツドラ、CRMのブレイズ、そしてデータ分析やマーケティングを担当するCAの3社協業体制です。ブレイズはこのワンチームの強みをどう感じていますか。

 石本 やはり顧客目線で徹底して運用改善に取り組めている点だと思います。そのためには実際には様々なノウハウが必要で、1to1の施策を打つにはブレイズを理解いただくことが必要なのですが、それ以上に必要とされるのがデジタルマーケティングの専門知識です。この点でCAさんのアプリ開発の実績や改善ノウハウ、知識は他社にはない強みだと感じています。加えてCAさんのチームにはデータサイエンティストがいらっしゃいますが、今後施策をたくさん打っていく中では効果を最大化するためのデータ分析能力が重要です。ブレイズで得たデータを活用いただける存在として大変心強く思っています。

石本 恭久/ Yasuhisa Ishimoto
Braze カスタマーサクセス部 カスタマーサクセス マネージャー
大学卒業後、複数の企業でカスタマーサポートとしてキャリアをスタート。日本オラクルやアドビではシニアカスタマーサクセスマネージャーとして200以上の顧客にデジタルマーケティングの支援を行う。その後、Tealium Japanにてパートナー企業へのCDP活用ベストプラクティスの共有などに注力。2022年2月よりBrazeにカスタマーサクセスマネージャーとして参画。

 ――最後に今後の展開についてお聞かせください。

 坂本 パーソナライズに強みを持つCRMのブレイズさんと、お持ちのナレッジを惜しみなく共有いただき、ワンチームでプロダクトをしっかり作り込んでいくんだという意識をずっと持っていただいているCAさん、そしてサツドラの3社で今後もより良いプロダクトを作っていきたいと思います。これまで以上にお客様に寄り添い、パーソナライズ化されたご提案を積極的に実施して、将来的にはオフラインとオンラインのサービスの融合を目指します。

 石本 サツドラの富山(浩樹)社長が、「お客様から選ばれ続けるサツドラであり続けたい」とおっしゃっていました。お客様のニーズや趣味嗜好がどんどん変化する中で、弊社としてはリアルタイムでお客様の心情を汲み取れるという点が強みですので、今後もそうした支援をさせていただきたいですし、ほかにも例えばお客様が店内のサイネージの前に立たれたらビーコンがそれをキャッチし、お知らせをアプリにプッシュ通知したり、色々な取り組みも可能ではないかと考えています。

 河中 ブレイズ様がお持ちのたくさんの機能をどのようにしてサツドラ様が活用できるか、実際の運用面を含めサポートさせていただき、PDCAをどんどん回して施策の効果検証から次の打ち手へとつなげていきます。顧客体験をより良いものにすることで、サツドラファンを増やすことにもっともっと貢献していきます。

河中 祥吾/ Shogo Kawanaka
サイバーエージェント 協業リテールメディアDiv データサイエンティスト
2021年サイバーエージェントに入社。DataOne事業部 においてオフライン購買情報を元にした広告配信用 DMP・DSPの開発に従事。22年6月より小売企業との協業事業において、アプリグロースに向けたデータ分析をはじめ、データ基盤構築やMAツール導入などデータエンジニアリング業務にも従事。