函館市は北海道の中でも有数の観光地だ。五稜郭やレトロな洋風建築、海産物や洋食文化が来訪客を楽しませる。今年はアニメ「名探偵コナン」の映画の舞台にもなり、ファンの聖地巡礼が盛んだ。

 そんな函館の地で全国スーパーマーケット協会が6月5日、北洋銀行、北海道教育大学との共催による寄附特別講座プレミアムセミナーを開催した。寄附特別講座は、同大学函館キャンパスで今年7年目を迎える。協会が第一線で活躍するビジネスパーソンらを講師に招き、学生と市民を対象に、地域産業を担う人材育成や受講者のキャリアアップを目指すもの。今年は4月から7月の計8日間にわたり、セコマの赤尾洋昭社長や良品計画の松﨑曉前社長をはじめ、高知さんさんテレビの報道局長や北洋銀行の地域産業支援部特任審議役などを招き、計14回開催した。

 中でもプレミアムセミナーでは、「ホスピタリティ産業と地域活性化」をテーマに掲げ、講師に消費者庁の新井ゆたか長官をはじめ、ロイヤルホールディングスの菊地唯夫会長、ワンダーテーブルの秋元巳智雄会長、函館市で「バル・レストラン ラ・コンチャ・イ・バスク」を営む深谷宏治オーナーシェフ、はこだて西部まちづくRe-Designの北山拓代表取締役が登場。前半は各人がそれぞれのテーマについて語り、後半はパネルディスカッションを行った。学生からは「海外に出ていくよりもまず国内が先ではないか」などストレートな質問が飛び出し、活発な議論が行われた。以下はその要旨となる。

菊地唯夫・ロイヤルHD会長/適正規模で質の向上を目指す

 人口減少に伴い、市場は拡大する分野(例・シニア、インバウンド)と縮小する分野(それ以外)に二極化する。また労働供給がボトルネックとなる。これが人口減の新しい前提条件。画一的・効率的なビジネスモデルから脱却し、多様なニーズに応える必要がある。

 我々は規模を拡大することで価値が上がるという従来の発想から脱却し、適正規模での質の向上を目指している。付加価値を高め、お客様に対価を払っていただくことが重要。国産食材やマニュアルを超えたホスピタリティなどが、付加価値の例として挙げられる。そのためにロイヤルホストが取り組んだのが規模の戦略的圧縮。サービス産業は一定規模を超えるとそれまで上がっていた価値が下がっていく。食材は輸入に頼らざるを得なくなり、人手も集まらなくなる。ゆえに24時間営業をやめ、店休日を作った。そうすることで価値の頂点がどこにあるかを探った。

 今後はテクノロジーを活用して基礎的な業務を自動化し、人的資源を本源的な価値創造に集中させる。人とテクノロジーが共存し、相互に補完し合うようになる。

 バリューではなくワース、つまり比較対象のない本質的な価値を作り出すことが大切だ。そのワースがどこにあるかと言えば日本の地方。地域の独自性や体験価値を重視し、点ではなく面や線として発信していくことが求められる。

 企業の成長が止まると、ステークホルダー間の利害対立が生じ、従業員や取引先にしわ寄せが行きやすい。だが人手不足の時代を迎え、企業が従業員や取引先に選別されるようになる。ステークホルダー間のバランスの取れた関係性を構築することが重要になる。

新井ゆたか・消費者庁長官/観光客と日本食レストランの相関

 今日は消費者庁長官という立場ではなく、長い間、農林水産省で食品産業を見てきた立場としてお話したい。

 世界中で日本食レストランが急増している。21年に約16万店舗あったのが2年間で2割増加し、特にアジアや中南米で伸びが著しい。さらに世界中の街やスーパーマーケットでも寿司やラーメンが見られるようになった。

 インバウンド観光客の増加と日本食の人気には相関関係がある。19年には3000万人を超える外国人観光客が日本を訪れ、24年はそれを上回る見込み。この観光客の増加に伴い、海外の日本食レストランの数も増えている。世界中から訪れた観光客が経験したことを自国でもう一度経験するという循環にようやく日本食も入ってきた。

 外食産業ではインバウンドの取り込みにいろんな工夫をしている。具体的には、多言語対応のメニューやタブレット注文、翻訳機の活用、ハラール・ベジタリアンメニューの用意、多国籍従業員の雇用など。また内装のデザインでもちょうちんを付けたりするなどの取り組みが見られる。

 地域の特産品や調味料の輸出も推奨される。秘伝のタレやソースを海外に持ち込むことで、日本の味を広めることができる。地域活性化はその地域だけでなく世界とのつながりが不可欠。インバウンドと接続し、世界でも繰り返し体験してもらうということが地域を活性化すると考える。

秋元巳智雄・ワンダーテーブル会長/外食産業のインバウンド需要対応

 ワンダーテーブルは国内外で140店舗、売上高300億円ほどの外食の中堅企業。ターゲットを絞った〝ファインダイニング〟に企業として特化している。

 ブランドポートフォリオを簡単に言うと、安い店はやらない、全国にも行かないニッチトップ戦略。ChatGPTに世界一のステーキハウスと尋ねると出てくるのがピーター・ルーガー。21年に恵比寿で開業して、前期は1店舗で年商20億円となった。将来的には月商3億円にして日本一の売り上げにしたい。

 日本に月間300万人の外国人が訪れている。そのうち弊社の7店舗に1カ月で4万2000人が訪れる。今後国内人口は減る一方。その中で可能性がある市場はインバウンドだ。

 外国人客獲得のために取り組んでいるのがMEO(マップ検索エンジン最適化)対策。グーグルマップにお客さんが良かったと書き込んでくれて、それを見たお客さんが来店される。このような取り組みを地方でも展開すれば、新たな売り上げ機会が創出できるのではないか。

パネルディスカッション(学生からの質問)

パネルディスカッションの様子

 ――インバウンドの盛況ぶりが従業員に還元されていないのではないか。

 菊地 我々の会社ではこの2年間で計15%ぐらいベアを実施している。インバウンドで売り上げが持続的に増えていけば従業員にきちんと分配していく。ただ、従業員だけではなくマルチステークホルダーにフェアに分配していくことが大事。

 新井 外食だけではなく食品産業全体の給与水準が低い。これは普段購入する食品や食事に対し、価値に見合った対価が支払われていないという現実的な課題があるから。日本の多くの食品は海外に依存しており、当然高くなっていくはずのものなのに安い。企業の皆さんには適正な価格を付けていただく、それが持続的な経営に繋がると思う。

 ――「海外よりもまず国内」が本筋ではないか。国内が蔑ろにされているように感じる。

 菊地 全く蔑ろにするつもりはない。我々過去に3回海外に進出して3回とも撤退している。その理由は海外事業がうまくいかなかったからではなく、国内が不振だったから。国内がちゃんとしていなければ海外もうまくいかない。それと日本はこの先人口減少が避けて通れないが、同じ課題に世界も直面する。だからこそ人口減の日本において余裕を持った経営体制にするにはどうしたらいいか、そのためには海外も一つの選択肢として考えるべきだろうというのが、経営をしていての判断。

 秋元 日本の市場や従業員を蔑ろにするつもりは僕も全くない。一方で世界は日本食ブームで、世界に19万店の日本食店があると言われている。ただそのうち日本企業が関わっている店は1割もない。ロシアには寿司&ピザなんて店もある。世界中が日本食を求めているのに、僕たちは世界に行けていない。そういう意味では僕たちがグローバル化する必要があるし、そこにビジネスチャンスがあると思う。

 新井 一つの国だけで自立できる国はない。かつて高度成長期の日本も製品を海外で売ってそのお金で原材料を購入した。これから海外で活動する人もいるだろうし、逆に海外の方に日本で働いてもらわなければ日本の産業は成り立たないという意味では、どっちがどっちではなく世界は繋がっているということ。世界なしでは生きていけない、その視点を持ったグローバル人材になってもらいたい。