東日本大震災から11年。福島県の農林水産業は復興に向け、着実に歩みを進めている。ただその中で、残された課題として挙げられるのが原子力災害に伴う風評の影響だ。特に漁業・水産業への影響は深刻で、沿岸漁業などの漁獲量は震災前の2割程度にとどまっている。これまでも、福島県では厳しい放射性モニタリングが行われ、流通する水産物の安全が確保されてきた。今、関係者は、水揚げと流通・消費の回復に期待を寄せている。
 今回は、復興庁の由良英雄統括官の司会のもと、福島県原釜漁港の水産仲卸「飯塚商店」の飯塚哲生代表、鮮魚専門店「角上魚類」のバイヤー有馬徹部長心得、呉井宏之課長、消費者代表として主婦の黒瀬さんによる座談会を開催。ALPS処理水の問題も含め、福島県産水産物の風評払拭に向けて語ってもらった。

鮮度と品質で納得できれば消費者は買ってくれる

 由良 福島県の漁業は、震災後の出荷制限、試験操業の期間を経験し、関係者の皆さまは大変苦労されてきたと思います。

復興庁 由良英雄統括官

 飯塚 長年、魚介類の放射性モニタリングを実施してきました。浜で上がる200魚種ぐらいを全て検査し、今でこそないですが、県独自の基準値(50ベクレル/kg)を超過した魚が出たときは、卸売市場に出荷されたものも含めて、全部廃棄していました。また、取引先の担当者さんは福島の魚の質の良さを分かってくれていて、「販売したい」と言っていただいたんですが、その後に会社の理解が得られなかったという理由で取り扱っていただけなかったこともありましたね。毎年1万匹前後を検査して15年度以降は基準値を超える魚が1匹出るか出ないかとなりましたので、21年からはこれまでの協同出荷から会社ごとの自由出荷に切り替えて操業しているところです。

魚問屋 福島県原釜港 飯塚商店
飯塚哲生 代表取締役

 由良 実際には安全なのにもかかわらず、福島県産ということで、消費者が買ってくれないのではないか、小売りが扱ってくれないのではないかと心配して、取り扱いを控えるといった流通の各段階での川下への忖度があるという指摘もあります。

角上魚類ホールディングス(株)商品部
有馬徹 部長心得

 有馬 当社の店舗では丸魚を対面で販売しています。福島県産水産物も、お客様ご自身が鮮度や品質などを見たり触ったりして判断して、納得して買っていただいていると思います。福島県産フェアも好評ですので、実際には福島のものだから売れないということはないと感じます。

 黒瀬 消費者の立場からも、震災から11年が経過していますし、年配の方の中には多少気にされる方もいらっしゃるかもしれませんが、ほとんどは気にしていないと思います。福島県産の魚が店頭に並んでいたら、普通に購入するのではないかなと。ただ現実には食品スーパーでも置いていない。消費者が買わないというよりも、むしろ店頭に並んでいないので購入する機会がない、というのが実情ではないでしょうか。

ALPS処理水の情報はまだまだ十分に伝わっていない

 由良 来春以降には東京電力福島第1原子力発電所の廃炉に向けてALPS(アルプス)処理水※の海洋放出が予定されています。処理水は浄化処理されたもので、健康への影響などは心配ないのですが、風評が発生することを懸念する声も上がっています。

 有馬 水産・流通関係者の中でも正しい情報が伝わっていないと思います。私も最初はあまりいいイメージではなかったですが、世界の基準値を下回るように処理をして流すと説明いただいたことでようやく納得できました。政府には安全性などの情報を分かりやすく発信してほしいですね。ALPSやトリチウムといった名称も、特に年配の方には横文字で分かりづらいと思うので、工夫した方が良いと思います。また、福島県産の水産物が検査されていて、結果がホームページで公表されていることもあまり知られていませんよね。不安な方には、モニタリングやそのデータをについてお示しすれば、安心していただけるのではと思います。当社でも、お客様に正しい情報をお伝えしながらお買い上げいただく姿勢が重要だと考えます。

 飯塚 角上魚類さんのように、継続的に福島の水産物を取り扱っていただいている業者の皆さんに、処理水の件でご迷惑をかけてはいけないと感じます。その点、政府にはもしもの際の体制づくりをしっかりしてほしいです。黒瀬 テレビでは必ずしも正しい情報が伝えられているとは限らないと感じます。正確な情報は短時間で伝えるのが難しいですし、知識のないコメンテーターの意見に引っ張られることもありますよね。テレビを見ない方も増えていますので、SNSなども活用して、繰り返し正しい情報に接することができるようにすることや、報道の仕方も考えてほしいと思います。

※ALPS処理水…福島第1原発の建屋内にある放射性物質を含む水について、トリチウム以外の放射性物質を安全基準を満たすまで浄化した水のこと

漁獲量を増やし店頭に並ぶことが重要

  由良 あらためて、福島県産の水産物の魅力はどんなところにありますか。また、消費の回復に向けて、魅力をどのように伝えていくべきでしょうか。

 呉井 今日も豊洲で買わせてもらったんですけど、物がすごく良いんですよね。福島の漁場は魚が生育しやすいので、何より品質が良いですし、豊洲市場に鮮度が良い状態で流通できるという地理的な強みもあります。そして毎日検査されていますから、安全・安心でもある。先日も福島の仲卸さんにお会いする機会があったので、「どんどん出してください、うちも買いますから」という話をしました。

角上魚類ホールディングス(株)商品部 関東鮮魚課
呉井宏之 課長

 有馬 全国の魚の漁獲量は年々減ってきています。ぜひ福島の漁獲量をもっと増やしていただきたい。それと、産地は販売する上で大事な要素です。昔から福島の魚は「常磐もの」と言って非常に品質が良いイメージでしたが、今は薄れています。イメージを取り戻すには、当社のような対面販売をする小売りが、「常磐もの」はこんな肉厚で良い魚なんだよとご提案して買っていただき、リピーターになっていただく。そして、漁師さんの思いをお客様に届けることが復興に繋がるのかなと思います。

フォトコンテストを認知度アップのヒントに

 飯塚 「魚離れ」と言われますが、食品スーパーでは天然の魚の種類が少なく、選択の幅が狭いので「魚離れ」にさせられてしまっているのが実態ではないでしょうか。角上魚類さんは、豊富な魚種を対面販売し、消費者に支持されていますよね。魚の品質には自信がありますが、まだ漁獲量が少なく、PRも不足しているかもしれません。「常磐もの」というブランドは父親世代や築地の競り人が一緒に作り上げてきたもので、自分たちの代でなくしたくないという強い思いがあります。一方で、実は最近、福島で天然のとらふぐがたくさん獲れるようになりました。こうした新しい情報も含め、「常磐もの」の魅力や文化を発信し、地元の港でも皆さんをお迎えできるようにしたいです。

 黒瀬 風評は、食べてみておいしければ無くなってしまうと思うので、より多くの人に食べてもらえるように流通させ、店頭で買え24るようにしていただきたい。私もそうですが、早朝から直接産地に出向いて地のものを購入したり、そこで食べたりすることが好きな主婦もたくさんいます。ふぐの話はとても気になりましたので、今度は福島に行って、おいしいふぐを安く食べたいです(笑)。また、主婦には、インスタグラムなどSNSを使いこなしている方がとても多いです。実は、いま料理(レシピ)のフォトコンテストが主婦の間で流行っています。良い料理の写真をアップして「いいね」が多くもらえると、反応を実感でき、フォロワーとシェアすることで自分の世界も広がって楽しい。福島県産の食材でも、こうしたコンテストを活用すると、主婦層にじわじわと認知されていくのではないでしょうか。

 由良 復興庁でも、今日のお話を参考にしながら、福島県産水産物への風評の影響の払拭と消費の回復に向けてしっかり取り組んでまいります。ありがとうございました。