ウォルマートはAI(人工知能)と人間の専門知識を融合させることで、世界中の消費者にシームレスで正確、かつ包括的な買い物体験を提供する新たな取り組みを進めている。その中核をなすのが「ウォルマート翻訳プラットフォーム(WTP)」である。
各国語に合わせた“適切な翻訳”
このプラットフォームは2022年、スペイン語検索の対応からスタートした。その後は、非英語利用者にも自然な検索体験を提供するため、ウォルマートの膨大な商品カタログ全体に展開されてきた。検索語を単純に翻訳するのではなく、利用者の意図を文脈に沿って理解し、最適な商品に導くことを目的としている。
例えば「Tシャツ」を探す場合、スペイン語では「カミセタ」と言えば通じるが、地域によってはメキシコで「プラジェラ」、チリで「ポレラ」と呼ばれる。こうした違いを正しく吸収し、同一の商品に結び付けるのがWTPの役割である。
またカナダのケベック州では、フランス語で「ヨーグルト・リベルテ」と検索されることがあるが、これは「自由のヨーグルト」ではなくブランド名「リベルテ・ヨーグルト」を指す。プラットフォームはこうした文脈を理解し、誤訳を防いでいる。
固有ブランドも的確に修正
翻訳における誤りは、しばしば滑稽な結果を生む。例えば、
・映画「スペース・ジャム(Space Jam)」のキャラクターTシャツが、スペイン語に誤って「スペース・マーマレード」と訳された事例。映画の正式タイトルを知らなければ、文字通り「宇宙のマーマレード」と解釈されてしまう。
・ミニカーの人気ブランド「ホットウィール(Hot Wheels)」が「ルエダス・カリエンテス(熱い車輪)」と直訳された事例。本来は固有のブランド名であり、単純な直訳では意味が失われてしまう。
・「スウェットショーツ(Sweat Shorts)」が「汗でできたショーツ」と訳された事例。本来は「スウェットパンツと対になる短パン」という意味であり、素材やスタイルを表す言葉である。
これらの誤訳は、AIが検知して言語学者に報告され、正しい翻訳へと修正された。さらに、その修正はAIの学習に組み込まれ、再発防止に活かされている。
誤訳を防ぐ「ドメイン適応」
このプラットフォームの特徴は「ドメイン適応」である。汎用的な翻訳エンジンでは対応できない、ウォルマート固有の文脈を反映する点が強みだ。例えば「ロパ・ビエハ」は直訳すれば「古着」だが、実際はキューバ料理の牛肉煮込みである。あるいは「キッチンアイランド」はフランス語では「イロ」と訳されるべきところを、誤って「ロット(バッチ)」とされれば全く別の商品に誘導されてしまう。
WTPはこうした誤解を避けるために、AIだけでなくローカリゼーション専門家と呼ばれる言語学者が継続的に関わり、文化的にも正しい翻訳を担保している。AIを人間らしく、データサイエンスは効率的に――両者の協働がプラットフォームを進化させる。
WTPのもう一つの強みは効率性である。新しいシステムの運用コストは旧来の1%程度に抑えられており、年間2000万ドル以上のコスト削減につながっている。さらに検索や接客チャットにおいては50ミリ秒以下で翻訳を返すことが可能で、膨大な商品やレビューにリアルタイムで対応する。
こうした取り組みは社内でも高く評価され、ウォルマートの最高位の社内表彰「プレジデント・イノベーション・アワード」を受賞した。ウォルマート・インターナショナルのCTO、ヴィノード・ビダルコッパ氏は「技術と人間が協働することで、複雑な課題を顧客にとって意味のある改善へと変えられた」と述べている。