値付けは小売業にとって頭を悩ませる問題の一つだ。安すぎれば販売数は伸ばせても利益が出ない。かと言って高すぎればお客に見向きもされない。その価格を最適化できるアプローチが、「経済学」を駆使することで可能になるという。すでに米国ではアマゾンやウォルマートが経済学を活用した価格最適化に挑んでいる。これを日本で広げていこうと取り組んでいるサイバーエージェント協業リテールメディア部門の飯島卓也氏、藤田光明氏に話を聞いた。

文字情報や画像を数値化して分析するアマゾン

 ――店頭価格の最適化とはどのように行うのでしょうか。

 飯島 基本的にはID-POSやアプリ上のクーポンデータなど、小売業様が持たれているいろんなデータを分析することで、最適な価格を判断することができます。すでに米国ではアマゾンやウォルマートなどの大手企業がこの手法を実践しています。

 ――例えばアマゾンは具体的にどんな判断材料を用いているのでしょうか。

 飯島 ECサイト内の文字情報や画像です(図1)。とあるパソコンがあったとしたら、まずこの商品がどんな検索のされ方をしているか。商品の紹介文ではどんな特徴や機能が備わっているものなのかとか、商品レビューにどんな事が書かれているか。これらをAIが分析可能な数値に変換します。さらに商品画像そのものも数値化して分析するんです。

 ――それはすごいですね。

 藤田 このAIによる機械学習の手法をエンベディングと言うのですが、アマゾンはエンベディングを小売業に特化してかなり作り込んでいると思います。他の企業が真似できない、いろんな知見が詰め込まれています。

 ――ウォルマートの方はどうでしょうか。

 飯島 同様の手法を取り入れています。さらにウォルマートの場合は多くのリアル店舗がありますので、店舗とECの両方のデータを参考にして、価格の最適化を行っている可能性が高いです。

 ――これが米国の潮流なのですか。

 飯島 世界的な企業がこうした取り組みでかなり成功されています。実はこのベースにあるのが経済学なんですね。アマゾンではこの分析のために、経済学者を400人以上自社で雇っています。ウォルマートでも行動経済学の権威であるジョン・リスト氏がチーフエコノミストに就任しました。彼は「Uber」や「Lyft」でAIと経済学の知見を活用した乗車料金やクーポン割引の最適化を推進してきた人物であり、ウォルマート内でも経済学を用いた価格決定に注力している可能性が高いと考えられます。

 ――それは知りませんでした。

 飯島 先程AIによる分析手法をご紹介しましたが、データを入力したら最適価格を出してくれるような魔法のツールは、一部できているかもしれませんが、完全なものはまだ世の中に存在しないというのが実態であると考えています。そのため、価格最適化を実施する際には継続的なA/Bテストの実施も併せて必要だと思います。

 ――ECでよく使われる手法ですね。

 飯島 そうです。例えば値下げ後の効果検証に利用できます。一般的な効果検証は、「値下げしたら値下げ前と比較してこれだけ売れました」で終わってしまうケースが多いです。ただ実際に見るべき数値は前後ではありません。店舗Aで値下げを行った場合と、もし値下げを行わなかった場合の差分が値下げの正確な効果になります。ですので実際には値下げをしなかった場合、店舗Aの売り上げがどうなっていたかの予測が必要でして、ここの予測がかなり大変なんですけど、経済学の知見を使うことで予測が可能になるんです。

 ――この効果検証を踏まえて、施策の水平展開につなげていくということなんですね。

 藤田 仰るとおりです。例えばウォルマートは店舗とEC間でA/Bテストを行っていることが想定されます。特にECの方が、価格変更に伴うオペレーションなどを踏まえても価格を変更しやすいと思います。例えばECでは特定の価格を打ち出して店舗はそのままの売価にした際のお客様の反応を見て、反応が良ければ店頭売価も修正するといったことが考えられます。

予測データを弾き出し差分をもとに施策を打つ

 ――日本でここまで踏み込んだ価格最適化の取り組みは行われているのでしょうか。

 飯島 米国の事例のような手法を用いている小売企業はまだありません。他分野でも、海外のトレンドが遅れて日本にやってくるケースが多いため、日本でもこれから進んでいくのではないかと考えています。当社では、「Forbes JAPAN」の「世界を変える30歳未満」に選ばれた藤田光明をはじめとして、他にも慶応大学や神戸大学の教授など、経済学者が20名ほど所属しており、共同研究を行っています。すでに論文も海外で複数採択されています。もともと広告の因果効果の推定や広告取引における価格決定の分野で取り組みを始めて成果を上げまして、これを今度は商品価格の最適化に応用できないかということで、この2年ほど取り組んでいるところです。

 ――日本の小売業との取り組みは進んでいるのでしょうか。

 藤田 商品の販売価格の最適化とともに、値引きクーポンのターゲティングも進めています。クーポンは同一のものを全てのお客様に配布するケースが多いですが、クーポンを配布することによって始めて購入するようになるお客様に限定してクーポンを配布することで原資を削減できます。そして削減した原資で、別のお客様にはその人にあった別のクーポンを配布することで、クーポン施策全体の効果の最大化を目指すことも可能です。

 ――なるほど。

 飯島 店頭価格の最適化で想定されるユースケースですが、例えば全国展開されているドラッグストアさんがPBの冷凍餃子を値上げするとします。このとき、関西地方だけ先に値上げをしたとすると、その結果と値上げしていない他のエリアの販売動向などを元にして、値上げしていなかった場合の関西エリアの利益予測を出すことができます(図2-1)。その結果、値上げで関西エリアの利益が20%上がったと分かれば、値上げを全国に拡大する次のステップに進めます。

 ――水平展開しても大丈夫という根拠になるわけですね。

 飯島 ええ。さらに細かい分析も可能です。例えば店舗立地別で見ると、駅前型店舗は利益が10%増えた一方で、郊外型は10%落ちたと分かれば、駅前型のみ値上げを実施して、郊外型は価格を維持するといった施策も打てるようになります(図2-2)。

 ――ある商品の価格変更が客数にどれほど影響を及ぼすかといった分析もできるのでしょうか。

 飯島 それも可能です。例えば同じようにティッシュペーパーを関西地方で先に値下げしたとします(図3-1)。このとき値下げしなかった場合の予測利益が実際の利益と変わらなかったとなれば、ティッシュの値下げ効果はなかったと言えます。ただ、この値下げにより客数が5%増えていたということがわかれば、店舗全体での実績で考えると良い傾向と言えるので、全国でもティッシュの値下げに踏み切る根拠になります(図3-2)。

 ――そこまで分析できるのですね。

 藤田 米国では小売業の価格に対する研究が進んでいます。本当は店舗の特徴に合わせて価格を変えたら利益がもっと上がっていたのに、実際はそこまでやれていないといった研究論文の発表もあります。そんな現実を変えていくには、実例によるエビデンスが必要です。日本でもそうした事例を小売業様と一緒に生み出していきたいですね。

飯島 卓也/Takuya Iijima
サイバーエージェント 協業リテールメディアDiv AI経済学カンパニー
新卒入社したIT企業にて、AIなどを活用したシステム営業に従事。2022年にサイバーエージェント中途入社。入社後は、一貫して小売業界向けのDX支援業務に従事。現在はAI×経済学を活用し、販売価格やクーポンの割引率の最適化を行う部署に所属。

藤田 光明/Koumei Fujita
サイバーエージェント 協業リテールメディアDiv データサイエンティスト
Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023選出
東京大学にて、実証産業組織論と計量経済学を学ぶ。日本における経済学出身データサイエンティストの先駆けの一人とされ、同社入社後、経済学の事業活用を推進。デジタル広告領域では、広告配信アルゴリズムの開発に努め、その成果がトップレベルの国際会議に共著採択された。