アマゾンは11月20日、ジェネレーティブ(生成)AIを活用した次世代パーソナルアシスタント「アレクサ・プラス(Alexa+)」をカナダでローンチした。米国外での展開はこれが初であり、カナダのプライム会員は追加料金なしで利用できると発表した。アレクサ・プラスは、各種スマートホーム機能やオンラインショッピングをより自然な対話で完結させることができる点が特徴であり、同社が掲げる“アンビエントAI”戦略の中核に据えられるサービスである。

命令”から“会話”へ──買い物行動の転換

 アレクサ・プラスの最大の特徴は、従来の音声コマンド中心の操作から「会話による操作」へと進化した点である。「寒い」と言えば暖房を上げ、「暗い」と言えば照明をつけるなど、曖昧な言葉を理解して適切なアクションにつなげる。アマゾン・ベッドロックの大規模言語モデル(LLM)を活用し、文脈理解と自律的な意思決定が可能になったことによるものだ。

 小売領域では、これが購買プロセスの大幅な効率化につながる。たとえば、日用品の在庫が減った際に「アレクサ、ペーパータオル足りない」と話しかけるだけで、ユーザーが普段購入するブランドや好みを踏まえた上で最適価格の商品を提示し、確認後に注文を完了する。オンラインでの品定めはもちろん、商品の比較、レビューの要約、レコメンドなども自然な会話の流れで行えるため、従来の検索・閲覧・選択といった行動ステップを劇的に短縮できる。

 この“会話による購買”が広がれば、従来型ECにおける検索行動の比重は低下し、音声アシスタントが購買の入口になる可能性が高い。カナダ市場はその実験場となり、小売企業にとっても重要な示唆を与えるだろう。

カナダ固有の文化コンテクストに最適化

 アレクサ・プラスは単に英語を理解するだけでなく、カナダ特有の文化的背景に対応している点も特徴である。地域特有の言い回し、ホッケーチーム、国内アーティストといったローカルコンテンツを把握し、カナダのユーザーに馴染みやすい応答が可能だ。また、CBC、オープンテーブル、フォーダーズなど国内で利用頻度の高いサービスと連携し、コンテンツ取得やレストラン予約、旅行計画などを一気通貫で実行する。

 今後は、イェルプ、ウーバーイーツ、スノー、トリップアドバイザーなどとの連携拡大が予定されており、小売・外食・観光といった幅広い領域でアレクサ・プラスが“ハブ”として機能する見通しである。

レコメンデーションは“家族単位”に進化

 アレクサ・プラスはユーザーごとの嗜好、生活習慣、会話の内容などを継続的に学習し、きめ細かな提案を行う。音楽の好み、読書傾向、食事の制限、嫌いな食材まで把握し、家族全員の声と顔を識別したうえで応答内容を変える。たとえば、家族にベジタリアンがいる場合、レストラン検索時に自動的に考慮するなど、族全体の生活文脈を理解したレコメンドが可能になる。

 この“家族単位での最適化”は小売企業にとって極めて重要である。なぜなら、日用品や食料品の購買は家庭単位で行われることが多く、世帯の購買文脈に応じたレコメンドは購買率(コンバージョン)の大幅な向上につながるからだ。アマゾンがアレクサ・プラスに注力する背景には、小売領域での“生活文脈型レコメンド”強化という狙いが透けて見える。

 アレクサ・プラスは、ユーザーの行動や時間帯、家のどこにいるかといった状況を理解して次の行動を先回りする“アンビエントAI”として設計されている。帰宅前に暖房をつける、起床タイミングに合わせてコーヒーメーカーを起動する、テレビ番組の新エピソードを通知するといった行動が自動化される。

 この「先回り機能」は購買行動にも応用され、定期購入品の不足予測、価格変動の通知、クーポン活用の提案などが自然に行われる。生活の一部として購買提案が溶け込むことで、消費者の意識しない領域で購買行動を支援する“無意識下ショッピング”が加速する可能性がある。

プライバシーとセキュリティは従来通り

 音声AIによる購買はプライバシーへの懸念がつきものだが、アマゾンはアレクサ・プラスにおいても従来のプライバシー保護設計を踏襲している。音声記録、共有データ、メモ機能などはユーザーが確認・削除でき、マイク・カメラの物理スイッチも搭載される。アレクサが“聞いている状態”を示す視覚的インジケーターも従来通り実装している。

 アレクサ・プラスは早期アクセス期間では無料、その後は月額27.99カナダドルで提供される。ただし、カナダのプライム会員は無料のまま利用でき、プライム特典の一部として組み込まれる。アマゾンは今後数カ月かけて、毎週数万人規模で利用者を拡大していく計画である。

 さらに、アレクサ・プラス専用に最適化された新型エコー(Echo Show 8 / 11、Echo Dot Max、Echo Studio)が投入され、デバイスとAIの統合による体験価値向上が進む見込みである。

 アレクサ・プラスのカナダ展開は、音声アシスタントを介した購買行動が“実験段階”から“日常利用段階”に入ったことを示す出来事だといえる。検索行動を大幅に減らし、会話から直接購買へつなげるUIは、小売企業にとっては新たな競争領域となる。カナダを皮切りに、アレクサ・プラスがグローバルに展開されれば、音声ECの本格普及が一気に加速する可能性がある。