五感を刺激すれば自律神経は戻ってくる

 池野 ドラッグストアの歴史を紐解けば、元々は小さな薬屋。それが扱い商品を日用雑貨や食品に広げることで売り場面積が大きくなってきたんです。ですから商品の供給基地としての役割が強く、お客様もそういう見方をされていた。でもそれがコロナで一変しましたね。マスクや消毒剤の購入に否応なしにドラッグストアに足を運ぶことが増え、思った以上に食品があったり、調剤があるとか。しかもそこには、薬剤師や管理栄養士の専門家が常駐している。お医者さんに行って話を聞くのはハードルが高いけれど、薬剤師や管理栄養士には話が聞きやすい。何でもあって相談もできる便利なお店ということで見直されているのかなと思います。

 小林 コンビニやスーパーも色々な商品があるけれど、ドラッグストアは生きていく上で重要なものが揃っているというか。健康に近づいたお店というイメージですよね。

 池野 もう一つスーパーマーケットと違うのは、化粧品が強いということもあるんですね。これ私の考えなんだけど、お店で売っている商品で楽しいものはなにもない。例えば洗剤買ったら洗濯しなきゃいけないし、食品買えば料理しなきゃいけない。風邪薬、鎮痛剤も熱が出る、頭が痛いから買うわけで。唯一化粧品が夢見る商品。回転率は悪いけれど、生活に必要なものなんだなと思って頑張って売っているんです。

 小林 最近大切な癒しの観点で言うと、化粧品がコロナ禍で果たした役割は大きなものがありますよ。例えば自律神経は、肌が潤うという感覚があると好転しますし、毎朝、鏡で自分の顔を見た時、自分が望む肌状態やメイクアップに仕上がっていると、気分が良くなるのも同じ効果を生みます。また、柑橘系の香りは自律神経をトータルで高めてくれます。ローズ系の香りは副交感神経を高める効果があるんです。

 池野 コロナは自律神経に変調を来たす要因になっているんですか。

 小林 コロナで外に出る機会が少なくなったことがあります。人に会うとなれば、おしゃれもする、香水も使う。会うために色々考えたり、努力をするんですけど、人に会わないともう放ったままになって、生活、仕事、生きることそのものにも影響を与えているように思います。コロナの弊害はいくつも出ていて、病院の患者さんで言えば転倒する人が増えた、ガンの早期発見が遅れた、うつ病が増えたなど、これらの弊害を全部足したらコロナの重症者数は段違いに多くなる。池野 病院で転倒する人が増えたのは、普段外に出ないから行った先で転ぶということですか

 小林 足腰が完全に弱りましたね。フレイル(虚弱)が起きちゃって、転ぶと高齢者の場合寝たきりになりますから。そうすると健康寿命と平均寿命の差がどんどん開いてしまいます。

 池野 実はウエルシアのお店は、入り口から突き当たりまでが20m、こちらを回ると50mと書いてある。買い物がてら一回りすると何歩歩いたかわかるようにしています。

 小林 味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚と五感を刺激すれば自律神経は戻ってきます。ですから、会長がおっしゃる店内を歩く人には、お店で音楽を流すだけでもいい刺激になります。買い物がてら店に入って、音楽を聴きながら歩いて帰っていく。それで自律神経が整う効果が期待できますね。

池野隆光会長

健康測定機器でお客の症状に栄養士が対応

 池野 先生はなぜ心療内科を志されたんですか。

 小林 僕は元々外科でずっと肝臓、小腸の移植をやっていました。それで神経とか自律神経には詳しかったんです。スポーツ(ラグビー)をやっていたこともあって、人間調子のいい時と悪い時があるのはなぜだろうと、そういう疑問もずっとありましたんで。それで自律神経に辿りついたということです。ワクチンの後遺症、コロナの後遺症、コロナ以外の症状でも倦怠感、頭痛やめまい、食欲不振、やる気がない、これは全部自律神経失調症なんです。

 池野 ワクチンやコロナの後遺症も自律神経なのですか。

 小林 私は東京都医師会の理事もやっていまして、コロナ以降どういう人が都内の心療内科にかかったかというと、最初は人とコミュニケーションが取れないことだったんです。3年経って今どうなったかと言うと、会社に行きたくない。これがほとんど。在宅勤務で三年間の夏休みをもらったようなものだから(笑い)。ここからのリカバリーは本当に難しい。これで会社が全部コロナ前の出勤に戻したらうつ病の嵐ですよ。

 池野 お店でお客様を見て、そういう方を見つけることはできるのでしょうか。

 小林 できますよ。会話がすべて、会話でわかります。天気が悪いと頭痛がする、お腹が張るとか。これはほとんど自律神経に関係する症状です。

 池野 私どものお店でも、血圧、血管年齢、ヘモグロビン量、糖化度などを測定する機器を置いて、お客様がいつでも自由に使えるようにしています。意外に使う人も多くて、数字が悪いと管理栄養士のアドバイスを受けて食事の改善をしたり、数値が高すぎたり具合が悪いと、測定値の紙を持ってお医者さんへ行く人も結構いらっしゃるんですよね。

 小林 こういうのはどうですか。今月は便秘、次の月は冷え性、そして次は、動悸、めまいと決めて、それぞれのテーマに合わせた講座を開くのです。そこでは治すにはこういう薬がありますよとか、こういう食事改善がいいですよと教えてあげる。そうすると目的意識を持って来店するようになると思うんです。とくに今自律神経失調症で悩んでいる人も多いわけですから、あそこでどうもそれに役立つ講座をやっているらしいということが口伝えで広がれば、お店の大きな特徴になりますし。

 池野 おっしゃるように症状で絞り込んで講座をやるというのはいいかもしれません。

 小林 そういう症状を持つ人が駆け込む場所がないんです。病院はハードルが高いし、先生方もそんなにゆっくり話を聞いていられない。その代替場所がドラッグストアになればいいなと思うんです。風邪とか花粉症のような疾患は、混んだ病院に駆け込むより、薬剤師さんが対応した方が効率的でいい。コロナも本当は大学病院で診させなくてもよかった。都立病院だけに集約するとかして。大学病院でも診るから院内感染が起きて、そこで手術もできないで困った患者さんが大勢出てしまった。

 池野 病気と食事は密接な関係がありますよね。うちでも調剤の窓口で仮に血圧が高いという患者さんが来たら、管理栄養士がこんなものは食べない方がいい、食べていいのはこういう食品という話をしていました。それが非常に評判がよかったんですが、忙しくなってくると、日常業務とカウンセリングの両方をこなすことが結構な負荷になるので、十分にできない店が出てきてしまって。今は栄養士の業務をきちんと形にしていかないといけないなと思っています。お医者さんと薬の間で栄養士が果たす役割は大きなものがありますからね。

食物繊維の摂取量が落ち大腸ガンを引き起こす

 小林 食事とともに大事なのが、オーラルフレイル。フレイルは身体から始まるのではなくて、実はオーラルフレイルから始まるんです。今NHKの大河ドラマで鎌倉殿の13人をやっていますけれど、鎌倉時代は1日3000回くらい噛んでいた。それが今は300回くらいに落ちている。噛む回数が落ちて咀嚼が悪くなると代謝が悪くなり、免疫機能が落ちるとか、色々な障害が出て、フレイルになって寝たきりになってしまう。食事や食材は体内環境を整えるのに非常に大事なんですが、それ以上に噛む回数をいかに増やすかも重要ですね。

 池野 先生のおっしゃるフレイルを避けるためにも色々やっていきたいなと思いますね。食事の大切さということでは、実は身体によくて農家の支援にもつながる商品開発を始めています。例えば山形県を中心に東北地方で栽培されている希少な大豆に「秘伝豆」というのがあるんです。これを一晩水に浸して、浸した戻し汁に塩を少し入れて茹でて食べるとすごくおいしい。でも安い。それで農家の助けになるように、高く買って高く売る方法はないかと。大豆だから身体にいいだろうと、色々調べて、ヌードルにできないかとか、流行りのハンバーグはどうかとか。実現できたら農家の方にも話をしようと思っています。秘伝豆の分析もあるところに頼んで調べてもらったら、栄養成分だけでなく、噛んだ時の旨味、のど越しの旨味が抜群にいいと。これは商品化できますよというお墨付きももらっています。

 小林 それはどんな商品が出来るか楽しみですね。

 池野 静岡県島田市産の緑茶粉末を使用したチョコレートの開発もしたんです。島田市の緑茶の特徴は、茶カテキンが豊富に含まれていることで、その量が多いのが荒茶の製造工程で出る茶渋と呼ばれる副産物なんですが、これが畑には撒けないわ、牛の餌に混ぜたら牛が餌を食べなくなるわで捨て場に困っていた。それを聞いて、その茶渋を使って何かできないかと、抹茶のチョコレートを作ったり、アイスクリームを作ったりしています。もう一つ高知県の北川村という過疎の村の特産物が柚子。人手が足りない、高齢化で柚子の収穫が満足にできない。それでうちからボランティアで社員が行って刈り取って、フランスに輸出したり、残りは絞って焼酎の中に入れたり、種も絞ってヘアオイルを化粧品会社に作ってもらって売っているんです。秘伝豆もそうですけど、こうした取り組みは、健康に関わるだけでなく地域の活性化にもつながります。

 小林 僕は学生にもよく話をするんだけど「健康とは何だ」って。自分の意見を持っていた方がいいよと。正解はないんですけど、僕の中では、一つひとつの細胞に質の良い血液を十分流すことができるかどうか。つまり血流の確保。これは自律神経で、血液の質は腸内環境。自律神経と腸内環境がしっかりしていれば、身体はある程度いいところまで行きます。スポーツ医学も自律神経と腸内環境をどうコントロールするか。それを選手たちにも意識させると良い結果が出てきますね。

 池野 スポーツはプロの選手だけでなく、我々が行う運動も自律神経に関係するのでしょうか。

 小林 しますね。とにかく運動と食事と睡眠、これが生きていく上で重要な3大要素ですから。運動と言っても別にスポーツジムに行かなければいけないということではなく、階段の昇り降りや、膝が悪ければゆっくり歩けばいい。家の中、畳1畳でできる運動はいくらでもあります。もう一つ運動の中で最優先しなくてはいけないのは呼吸。格闘技をやっている人たちは、みんな呼吸のトレーニングをやっていますからね。食事は1カ月取らなくとも死なないけれど、呼吸は3分止めれば死にます。コロナ禍で明らかに呼吸の状態が悪くなっている。呼吸の取り込みを大きくするには、胸郭を広げればいいんですけど、みんな今携帯を見るときの姿勢が悪い。そうすると胸郭はどんどん狭くなります。胸郭を広げるだけでも呼吸は大きく変わります。

 池野 先生のお話は面白い。腸内環境をよくするのは、やはり食べものですか。

 小林 腸内環境で思いつくのは乳酸菌。ヨーグルトは代表的な商品ですが、それよりも重要なのは食物繊維をいかに取るかです。第二次世界大戦直後の日本人は食物繊維を1日30g取っていました。今は10gまで落ちた。西洋の食事が入って摂取量が激減して、それで生活習慣病や大腸ガンを引き起こしている。ガンは男女とも死亡率トップの病気ですが、部位では大腸と肺が一位、二位を占めています。しかもガン患者の若年化も進んでいます。

寝たきりの人を減らす役割を果たす

 池野 ドラッグストアでそういう啓蒙ができるようにならないと、新しい健康的な暮らし方になっていかないんだろうなと思いますね。ちょっと話はずれるかもしれないけれど、過疎の部落をなんとかしたいなと考えて、「うえたん号」という移動販売車を静岡県の島田市と連携して、高齢化が進む中山間地区で走らせています。日用品、化粧品、酒、食品、健康食品など生活必需品を一通り積んで、現地で買っていただく。テレビ電話も積んで、これを使うと積んでいる商品がずらっと出てくる。それと、店の薬剤師、管理栄養士、化粧品担当者につながるようになっているんです。そこでお客様の困りごとに対応できるようにしている。こういう薬がいいですよ、この食材にはこういう栄養成分がありますよ、肌荒れにはこういう化粧品を使うといいですよとかね。

 小林 それはとてもいい試みですね。

 池野 先生がおっしゃるように住民同士のコミュニケーションが取れるように、個々の家を回らずに、ちょっと離れたところに車を置いて、何人か集まってもらって会話ができるようにもしています。いつも来る人が来ないとどうしたんだろうと見守りもできますし。私がこれをやったのはもう一つ狙いがあって、いずれ処方箋もこういうところで扱えるようになってくる。お医者さんとの新しいつながりも出てくる。そういうことにも対応できるようにしておこうと。都会に住んでいる人だけがケアできて、田舎に住んでいる人のケアはできないということではなく、いかに高齢化、過疎化が進んでいる地域もカバーするかが本当に重要なんですよね。

 小林 今回コロナで劇的に変わったのがネット外来。オンライン診療ですね。僕は今土曜日に便秘外来をやっているんです。この予約が7年待ちなんですよ。これでは急な病には対応できません。それが今回のコロナでオンライン診療があっという間に進みました。「(対面で)診ないで何ができるんだ」というのが医師会の見解でしたが、先ほどもお話ししたように医療は問診がほとんど。話が聞ければ8割方、検査しなくともほとんどの状態はわかる。画像で顔つきもわかりますし、外来に来てもらわなくとも診れるじゃないかとなってきましたね。

 池野 訪問調剤はやっていますが、僻地や山奥で薬剤師一人に家まで行ってもらうというのは中々難しい。でも通信環境を整えることで、かなりのことができることはわかってきました。

 小林 コロナはやるべきことを加速させる効果ももたらしましたが、ポストコロナを考えると原点に立ち返って「健康」を見つめ直す必要がありますね。僕は健康はよく言われる「心技体」ではなく「体技心」だと言っています。その体を整えるのは、自律神経と腸内環境。自律神経は運動と睡眠。腸内環境は食事。この軸をブラさなければ、健康寿命が延伸でき国益にもなると思っています。

 池野 ウエルシアに行けば健康に役立つという来店動機となるブレない軸が必要ということでしょうね。

 小林 ドラッグストアの薬剤師の活用も重要性が増しますね。薬学生の学習期間が6年制になりましたし、うちの薬剤師に話を聞いても、ものすごく優秀です。医療の現場とドラッグストアの薬剤師の役割分担もしていかないといけませんね。

 池野 私どもは薬剤師の採用を積極的に進めていて今6000人くらいいるんです。やはり質のいい人が随分増えている。もう少しするとお医者さんにも頼っていただけるようになると思っています。

 小林 健康寿命と平均寿命の差を埋める役目をどこがやるかと言えば、診療所では無理。いつでもどこでも通える、会長のところのような健康への意識が強いドラッグストアがその役割を担わないとダメだと僕は思っている。いかに寝たきりの人を減らすかが重要で、その役割を果たすこともできます。

 池野 確かに、うえたん号に歩いて来てもらうのも、寝たきり防止になりますよね。できることから、健康寿命延伸の一助になる色々な取り組みを進めていきます。

小林弘幸(こばやし ひろゆき) 順天堂大学医学部教授。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。順天堂大学医学部卒業後、1992年に同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任。国内における自律神経研究の第一人者。著書には、『最先端医療の人生を変える7つの健康法』(ポプラ社)、『小林弘幸の自律神経を整える絶景まちがいさがし 免疫力アップ版』(宝島社)など多数。

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