横ピン商売に阻まれた創業時の苦労

 ——流通業界50年を振り返り、業界トップの方に、あの時はどうだったと、転機、転換点をお聞きしています、横山会長がスーパーマーケットと関わるようになったのは、そもそもどういうことからなのでしょう。

 横山 わたしは北大(北海道大学)水産学部だったから、海産物商社の野原産業に就職したんです。北海道支社でイワシやサンマを大量に買い付けて、豚や鶏のエサにする飼料工場に売りつけるバイヤーみたいなことをやっていた。そのうち親会社の方から養豚場をやったらどうかという話になって、北海道で初めて、配合飼料で2000頭の豚を育てる養豚場を作ったんですよ。あるハムソーセージメーカーに売る約束で。ところが豚の相場がガクッと落ちた。メーカーはなかったことにしてくれと。「約束が違う」と言っても契約書のない口約束の失態。豚は順調に育って大きくなる。「さあ困ったどうしよう」でスーパーを立ち上げて売り捌こうとなったんです。

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