新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、あらゆる業種業界の多くの企業が活動を制限され、急激な業績悪化に追い込まれている。その一方で、比較的大きなダメージを受けずに済んだ業界もある。それが、食品スーパーやドラッグストアなどの小売業界だ。営業時間の短縮やインバウンド需要の低下の影響は受けたものの、食品や生活必需品などの需要はむしろ増え、一部の報道で活況とうたわれるほど。これは欧米も同じ状況であり、小売業全体ではマイナスだが、食品、ヘルスケアのカテゴリーに限ると売り上げが増加している。
こうしたカテゴリーにおける売り上げ増加の効果を最大化するためにも、今こそ取り組むべきなのがコスト削減だ。実際グローバル企業を中心に、経営状況のよい企業ほど日頃からコスト削減に注力しており、特に売り上げが伸びている時期にコスト削減に力を入れていることがわかっている。
価格交渉がしやすい環境下での固定費圧縮
このタイミングで固定費の圧縮によるコスト削減を推奨する理由は、次の2点である。
その一つは売り上げ拡大をしているタイミングの方が、サプライヤーとの価格交渉が優位に働く点。もう一つは世の中全体の不景気で値下げ圧力が働く点だ。
サプライヤーと価格交渉をする際、単価に最も影響を与えるのは購入量である。基本的に購入量が多いほどボリュームディスカウントが働くため、売り上げが増加しているタイミングで価格交渉をすることによって、「今後も取引量が増える魅力的な取引先」という印象を与えながら優位な交渉が可能となる。
またコロナ禍により経済が一気に後退していることから、他業態では売り上げの減少や倒産が相次いでいる。サプライヤーにとって取引量が減少、もしくは取引自体がなくなっているこのタイミングにおいて、取引量の多い企業は価格交渉がしやすい環境にある。
ブレークイーブンを意識した固定費圧縮
コロナ禍による倒産が相次いでおり、その倒産リスクに大きく関係しているのが、固定費の高さによる損益分岐点(ブレークイーブン)だ。2009年3月期から継続比較できる1781社(金融など除く)について各年度の損益分岐点売上高を推計した調査によると、特に損益分岐点比率が90%を超えるホテルなどはリスクが顕著であり、経営が厳しかったホテルから倒産が進んでいるのが現状である。大手ホテルチェーンでは今回のコロナ禍を教訓に、損益分岐点比率を10ポイント近く引き下げる計画を推し進めるなど、多くの企業でブレークイーブンの見直しが進んでいる。小売業の損益分岐点比率も88%と非常に高いため、これを機にブレークイーブンを改善する固定費の見直しを推奨する。
固定費の削減は、新たな投資のための余力を生むという利点もある。米ウォルマートはアマゾンへの対抗策として、ネットで注文して店舗で商品を受け取る「BOPIS(ボピス)」(Buy Online Pick-up In Store)を2-3年前から強化してきた。その結果、ステイホームの影響で注文が集中し、配送に時間がかかるようになってしまったアマゾンから、顧客を奪うことに成功した。日本でもすでにいくつかの企業が先んじてこうした取り組みを始めているが、システム連携などへの大きな投資も必要であり、一朝一夕にできることではない。しかし世の中が大きく変化する時代において、先を見据えたこのような投資ができない企業は生き残れない。その余力を生み出すためにも、ブレークイーブンの低減は必要不可欠と考える。
固定費圧縮のための具体的な方法
ここからはコスト削減のコンサルティング会社として、固定費圧縮に効果的なコスト削減について、具体的な考え方と手法を簡単に紹介する。
■店舗賃料
大きな傾向として、まず小売業・飲食業の撤退が相次いでいる。すでに複数の大手チェーンが数百店におよぶ不採算店舗の撤退を決めたことがニュースとなっているが、今後も利益の出ない店舗の閉鎖を計画的に進めていくトレンドは続くと考えられ、相当数の店舗が減る見通しだ。また、ECとの連携が強化されることにより店舗が「買い物をする場」から「ウィンドーショッピングの場」へシフトすると、在庫のためのバックヤードが不要になり、広い店舗から狭い店舗へ、店舗のスリム化が進むと考えられる。
こうした傾向から、家主にとっては店舗撤退後の後継テナントがなかなか見つからないリスクが大きくなり、賃借人の方が優位な立場になり始めている。もちろん売り上げの好調な店舗はこれまでどおり家主優位であることに変わりはないのだが、そのような店舗は一部にすぎない。全体の傾向としては、今まで都心を中心に上昇基調だった賃料が今後は大きく下落する傾向にあり、賃料交渉の絶好のタイミングといえる。特にコロナの影響で営業を自粛していた店舗であれば、それを理由にフリーレントの申し入れをしてみてはどうだろうか。国土交通省からの「賃料支払いの猶予」に関する通達や「賃料免除の際の税務上の取り扱い」など、行政による各種支援を活用しながら、しかるべき減額要求をしてみることをお勧めする。
■電気料金
変動費ととらわれがちな電気料金だが、実際には変動部分と固定部分に分けることができる。電気料金の構成要素は「基本料金」、「従量料金(電力量料金)」、「燃料調整額」、「再生可能エネルギー発電促進賦課金」の4つで、このうち「基本料金」は電気を全く使用しなくても発生する固定費用であり、電気料金総額の2-3割を占める。コロナ後の新常態においては、電気使用量が増える拠点と減る拠点が明確に分かれることが予想されるので、漫然と電気料金の削減に取り組むのではなく、電気使用量の動向を踏まえて「基本料金」に重点を置いて交渉をすべきか、「従量料金」に重点を置いて交渉をすべきか、しっかりと見極めて取り組むことが重要となる。
■キャッシュレス決済コスト
19年10月から始まったキャッシュレス・消費者還元事業も20年6月に終了した。19年の日本の消費額に占めるキャッシュレス決済の割合は26.5%であるのに対し、政府は25年までに40%まで高めることを目標としており、今後も年3%程度の伸びが必要な状況である。
こうした中、加盟店側にとってはキャッシュレス決済比率が高まることによって、決済コストの負担が増していくことが懸念される。欧米では決済事業者に対する規制によって決済手数料率が1%未満となっている国も多い中、日本の決済手数料率は高止まりしている。業態ごとにある程度料率水準は決まっているが、同じ業態、同規模の企業であっても決済手数料率が1%以上も異なるなど、まだまだ条件の見直しによる削減余地がある。特に食品スーパーやドラッグストアはカード会社にとっても積極的に導入したい先であるため、今一度、アクワイアラと決済手数料率の見直しを行ってみてはいかがだろうか。
前述のような間接費だけでなく、商品仕入れの原価に関しても、削減の余地がないか追求することが重要である。当社ではベルクさんをはじめ、多くの食品スーパーさんへ仕入れに関するコスト削減コンサルティングを提供し、仕入れ原価の圧縮を支援している。
固定費圧縮の取り組みには終わりはない。無駄を省きながら必要な投資に回すサイクルは筋肉質な経営に不可欠であり、コロナ後の世界でも成長し続けるための手法といえるので、ぜひ早々に取り組んでみてはいかがだろうか。