人手不足による利益圧迫が深刻化

 国内小売業は、「人手不足」と「最低賃金の引き上げ」といった2重苦に頭を抱える。「人手不足」は、単に就労人口減だけでなく、労働環境(長時間労働、土日出勤、立ち仕事等)の割に低賃金との理由も相まって他業界への人材流出も少なくない。

 また、「最低賃金の引き上げ」が足枷となり、仕方なく採用を見送る企業も増えている。人手不足の中での採用見送りは、1人当たりの業務量を増加させ労働環境の悪化につながる。結果、それが引き金となり新たな離職者を生むという負のスパイラルに陥ってしまう。

 賃金引き上げの重要性は理解できても、従業員への依存度が高く、他業態との競争に身を置く小売業では、賃金引き上げ分の価格転嫁は難しく、利益圧迫という深刻な問題に発展している。

人手不足なのに業務の7割がムダという事実

 コロナ禍による倒産が相次いでおり、その倒産リスクに大きく関係しているのが、固定費の高さによる損益分岐点(ブレークイーブン)だ。2009年3月期から継続比較できる1781社(金融など除く)について各年度の損益分岐点売上高を推計した調査によると、特に損益分岐点比率が90%を超えるホテルなどはリスクが顕著であり、経営が厳しかったホテルから倒産が進んでいるのが現状である。大手ホテルチェーンでは今回のコロナ禍を教訓に、損益分岐点比率を10ポイント近く引き下げる計画を推し進めるなど、多くの企業でブレークイーブンの見直しが進んでいる。小売業の損益分岐点比率も88%と非常に高いため、これを機にブレークイーブンを改善する固定費の見直しを推奨する。

 固定費の削減は、新たな投資のための余力を生むという利点もある。米ウォルマートはアマゾンへの対抗策として、ネットで注文して店舗で商品を受け取る「BOPIS(ボピス)」(Buy Online Pick-up In Store)を2-3年前から強化してきた。その結果、ステイホームの影響で注文が集中し、配送に時間がかかるようになってしまったアマゾンか

 当社は、「見かけ上の人手不足」も多分にあると認識している。見かけ上の人手不足とは、「多くのムダを内包した業務を放置しておきながら、人手が足りないと公言している状態」を指す。ここでスーパーマーケットX社の事例を紹介したい。

 X社は、離職者が逓増する中、採用も上手くいかず慢性的な人手不足に頭を抱えていたが、以下のような店舗改革方針を打ち出して見事に危機を脱した。

 それは、「今後採用は必要最小限にとどめる。業務のムダを取り除き、少人数でも仕事が回る職場を目指す。そこで余力を捻出し、販売・接客など価値の高い業務に充て、店舗の競争優位性を高める」というものであった。

 まずは、「これまで現状把握を疎かにしてきた」という経営陣の猛省から、店舗オペレーションの実態調査に着手した。店舗ごとで取扱商品やベテラン従業員数が異なることから、大まかに仕事の全体像を把握した上で、ボトルネックとなっている業務を深掘りしていった。

 ここで、業務は3つに区分できる。①価値業務(販売・接客等の顧客に直接価値を届ける業務)、②低価値業務(価値業務を行う際に付随的に発生する歩行や運搬等)、③非価値業務(再作業、手待ち等)である。

 例えば、X社の食品部門の荷受け・品出し業務では、荷受品の仮置き、置き場確保のための商品移動、在庫を探し回る店員、指示待ちの店員、曖昧な指示で何度も陳列し直す店員など、「低価値業務や非価値業務などのムダを内包し大きく膨らんだ業務実態」を浮き彫りにすることができた。これらムダな時間を集計すると、業務の7割近くに相当し、調査に参画したメンバーの落胆した表情が印象的であった。

少ない人手で無理なく仕事が回せるローコストオペレーションとは

 このような状況から「見かけ上の人手不足」の打開策に、当社はローコストオペレーション(Low Cost Operation、以降、LCO)を推奨する。

 一般的にLCOは、「プロセス全体を総合的に効率化する活動」または「ムダな費用の発生を極力抑えた業務活動」とされるが、当社では「徹底的にムダを取り除き、人にやさしい業務に変えて、少ない人手で無理なく仕事が回せる仕組みに変える活動」と定義している。ちなみに、「人にやさしい」には、優しい(重量物を持ち運ばない、屈まず作業できる等)と易しい(悩まず作業できる、誰にでも出来る等)の二つの意味が込められている。

 また、LCOは「人件費削減」などネガティブな印象で捉えがちだが、本来の目的は、「効率化により捻出した時間を、価値の高い業務に再分配するといった人を活かす取り組み」である。従業員の働き方や提供価値を再考する企業が増える中で、「人を活かす取り組み」は、今後さらに重要性を増していく。

 以降、小売業でLCOを実現するための強化点を紹介する。

強化点1 人でなくてもできる仕事を手放せ!

 小売業における低価値業務と非価値業務は、当社の調べでも50−70%であるが、これには、業務のアウトソーシングやセントラル化、機械化・システム化の遅れが強く起因している。

 小売業は、人でなくてもできる仕事は手放して、価値業務に専念していくことで存在価値を一層高めることができる。昨今は、情報通信やデータ解析の技術、ロボティクスの進展により、安価で品質のよいソリューションを選択できる時代となった。ぜひ明日からでも「人を価値業務に専念させるための検討」を開始してもらいたい。なお、この検討は、前述の価値業務、低価値業務、非価値業務の分類と中身について、現状を定量的に把握しておくことが大前提となる。

強化点2 現在の職域(責任範囲)を破壊せよ!

 少人数で効率よく仕事を回すには、マルチスキル化(多能工化)が必須となる。小売業では、「業務に必要な作業・能力の明確化」、「個人・組織レベルの目標設定」、「習熟目標と現状のギャップの可視化」が不十分であり、マルチスキル化の取り組みは鈍い。

 特に、全体最適の視点を持った「T字型人材」の育成が遅れている。T字型人材とは、店舗業務を一通り習熟(マルチスキル化)した上で、幅広いプロセス(物流や店舗開発など)の知見を持ち合わせた全体最適の改善思考を備えた人材を指す。

 例えば、従来の非効率なオペレーション(納品物の開梱→検品→仕分け→品出し→ばらまき→陳列)を、当社の知るT字型人材は、関連部門を巻き込んだ全体最適活動を推進して、効率的なオペレーション(陳列情報を物流センターと共有→物流センターにて仕分け→品質保証契約による検品レス→専用収納ケースによるダイレクト陳列)へと激変させている。

 また、王道ではあるが、「徹底的なムダ取り」、「平準化」、「柔軟化」といった観点も、「見かけ上の人手不足」に対する強化点であることを付け加えておく。

強化点3 “標準化”という横串をオペレーションに突き刺せ!

 標準化の対象には「コト」と「モノ」がある。これらの標準化効果は非常に大きく、前述した機械化・システム化やマルチタスク化の増進に強く作用して、相乗効果を生み出すことが可能だ。

 コトの標準化とは、業務の標準化のことだが、これが不十分だと業務スピードやサービスの品質にばらつきが生じる。

 モノの標準化とは、取り扱う商品や荷姿の形状、重量、数量等の仕様を標準化することだが、代表的なものに、「ユニットロード」(包装物を単位ごとにユニット化)や「シェルフレディパッケージ」(そのまま店頭で商品を陳列できるパッケージ)がある。

 前述の低価値業務や非価値業務の発生を根本から抑え込むには、「コト・モノの標準化」は避けて通れない。

推進上のポイント1 トップ直轄の専門部署設置

 ここから先は、LCO推進上のポイントについて触れておきたい。

 環境変化の著しい小売業では、LCOにもスピードが求められる。時間をかけて作った改革構想も、完成した時には既に陳腐化し使えないとの事態も十分起こり得る。

 LCOを上手く回す企業は、トップ直轄の推進専門部署の設置に加え、現場にも担当者を配属し、改善情報の共有やガバナンスを利かせて、機動力ある体制を整えている。

 ただし、箱(体制)だけ作っても中身が伴っていなければ意味はない。従って、初めは外部コンサルタントを使って、推進専門部署の育成も兼ねた活動を展開する企業が多い。

推進上のポイント2 「全社規模のマインドセットで改善の灯をともす」

 LCOは、「自らの業務を自ら削る活動」となるため、推進途上では拒絶や面従腹背に直面する。推進側の熱量に反して、周囲は想像以上に冷めていることを認識すべきである。

 このような状況では「マインドセット」が有効である。マインドセットには、トップが号令や行脚を行う「トップダウン型」と、改善結果の活かし方、改善後の業務内容や役割分担に関して説明する「ボトムアップ型」の2つがある。双方に共通するのは、当事者を改善に巻き込み、将来像を目に見える形で示し、不安や不信を払拭しながら改善を推進する点である。

 なお、マインドセットは1度やって終わりのものではない。トップダウン型とボトムアップ型を状況で使い分け、継続的に実施してもらいたい。

推進上のポイント3 「徹底した“見える化”で業務内容を丸裸に」

「見えないものは改善できない」。これは改善の定石なので、業務や問題は見える化して丸裸にすべきである。

 見える化の要諦は着眼大局にある。いきなり重箱の隅をつつくようなやり方は良くない。膨大な時間を使って事実確認しても、的外れとなり徒労に終わる可能性が高い。

 また、判明した事実は、良い情報も悪い情報も正しく関係者に共有し、改善施策をセットで示して、実行と効果のコミットメントを、リーダー自ら表明することが重要となる。

「人材」から「人財」へ −やり切る集団作り−

 以上、「見かけ上の人手不足」に対するLCOの必要性を述べてきた。

 LCOを深耕する企業では、とにかく「改善人財」の育成に余念がない。「改善の無限の可能性を信じ、1歩1秒1円のコスト意識を持ち、改善に挑み続ける人材」を育成している。

 当社も成果報酬型コンサルティングという性格から、改善施策の実行−効果検証−定着までを一気通貫で支援しているが、そこでもクライアント側の改善人財育成は欠かせない。最終的には、自社の改善を継続していくのは、その企業の従業員であり組織であるべきと考えている。

紫牟田 涼(Ryo Shimiuta、冒頭写真)プロレド・パートナーズ コンサルティング本部プリンシパル
大手メーカーにて、生産技術、生産管理に従事。その後、SCMに強みを持つ総合コンサルティング会社にて、製造業、建設業、公益企業など幅広い業界を対象に、ビジョン・事業計画の策定、各種施策の実行に従事し、取締役統括本部長を歴任。プロレド参画後は、BPRとSCMを中心としたコストマネジメント案件を手がけている。