今年1月、アメリカ・ニューヨークで開催された小売業向けITベンダーの展示会「NRF2026」では、マイクロソフトやSAP、オラクルといった大手ベンダーが小売業に対し、サプライチェーンから店舗に至るまでの各部門や従業員それぞれがAIエージェントを活用し、最適な行動に向かうエージェンティックAIの可能性を提示した。
では、日本では小売業におけるAIの活用はどの段階にあり、ベンダーはどんな提案を行ったのか。NRF2026から2カ月後の3月上旬に開催された、日本最大の小売業向けITベンダーの展示会「リテールテックJAPAN2026」に足を運んだ。
売り場を可視化しAIが分析するサービスが続々登場
リテールテックは、日本経済新聞社が主催する「日経メッセ街づくり・店づくり総合展」の中の一展示会だ。今年は国内外のITベンダー283社が出展した。会場全体は、分野別に「トータル流通情報システム」「決済・キャッシュレス」「リテールメディア・店頭販促」「AI・データ活用」「EC・デジタルマーケティング」「流通HR」「業種別ITソリューション」「リテール物流」と分かれているが、横串を刺す大きなトレンドがAIだ。
中でも目立っていたのは、店舗のリアルタイムの情報をカメラやセンサーで情報化し、それをAIが分析して最適な打ち手を提案するというサービス。
ウォルマートを始めとする大手海外小売業と取り組みを進めるVusion(ヴジョン)は、NRFに続いてリテールテックにも出展(冒頭写真)。そこで披露したのが次世代店舗モデルの「AIネイティブストア」だ。
例えば電池不要の電子棚札(ESL)をレール側に備えたバッテリー経由で通電することで、電池切れによるESLの交換を省ける「エッジセンス」。さらにブルートゥースで接続されたレールが商品位置を自動的に特定し、小売業のアプリと連携すれば、お目当ての商品を探したり、EC注文のピッキング時などに、ESLを光らせて目立たせることができる。
さらに棚に備えた小型カメラなどを活用することで、棚の状況を情報化。そこで得られたデータを最大限に生かすためのプラットフォームが「ヴジョンライブ」だ。過去の販売実績など各種情報を取り込むことで、店長向けのダッシュボードには、その日に実行するべき業務や、欠品状態を早く改善しないといけない商品とそれを補充しないことの見込みロス、棚割り提案などをAIが分析して表示してくれる。


メリットは店長や従業員がやるべきことを提示することで、作業確認の無駄な時間を減らし、その分、接客などの人にしかできない時間に回すことができる点だ。またデジタル化された疑似店舗(デジタルツイン)も表示でき、本部と現場で同じ情報を共有しがら議論ができる。今年2月にはカルフールとの戦略的パートナーシップ契約を締結するなど、注目を集めている。
これと似た仕組みをリテールテックに合わせてお披露目したのが富士通だ。自社のAIエージェントが、店頭に配置されたカメラやPOSなどから収集したデータを掛け合わせることで、店舗業務の自律化やパーソナライズされた購買体験の提供を実現するもので、解決すべき課題を自動検知し、それを店長向けダッシュボード「ストアオペレーションズコックピット」にリアルタイムで表示する。さらに従業員のスマートフォンなどにも具体的な指示を送ることができるという。

また同じカメラではあるものの、固定ではなく、動くロボットを活用してリアルの棚割り情報を丸ごとデータ化しようというのが日本のユニコーン企業としても知られるAI開発ベンチャーのPreferred Networks(プリファードネットワークス)。ロボット「Misebo」を活用し、やはりデジタルツインを起点に、あらゆる改善サービスにつなげていく絵を描いており、目下はチェーンストア向け業務改善ソリューション「MiseMise」により、品出しやAI値引きなど、企業の業務効率化からアプローチを始めている。

一方、棚割りではなく人の動きに焦点を当てているのがソニーだ。店舗や施設内の人の行動データをリアルタイムに取得・分析できる屋内行動分析プラットフォーム「NaviCX」を紹介。スマートフォンの各種センサーとAIを活用したソニー独自の測位技術を使用しており、イニシャルコスト、ランニングコストをともに抑えつつ高精度な測位を実現する。取得したデータはウェブツールで分析でき、売り場改善や顧客体験向上に生かすこともできる。
ソニーはこれだけではない。カメラの中のAIがデータ処理を行うエッジAIデバイスにより、来店者の人数・属性・滞留を計測することで、顧客行動を可視化する「AI解析ソリューションwith AITRIOS」も紹介。こちらは人の動きでなく視線を検知することができ、サイネージや売り場の効果測定が可能。さらに予測分析と組み合わせることで、販促施策の最適化を実現するというものだ。

この他にもAI活用サービスはどんどん広がっている。POS機器に強い東芝テックは、ブースの一角に生成AIコーナーを構えた。1年半ほど前にグループ内にPOSデータとAIを活用して小売業のDXを支援するジャイナミクス社が立ち上がっており、同社が目下取り組み始めているリテール用AIエージェント構築の仕組みを紹介した。POSで培ったリテール特有の思考ロジックを落とし込み、売り上げ報告や予実分析にAIエージェントを導入することで、店舗経営をより効率化できるという。
東芝テックはAIとは何か、自社にどう生かせるのかというレクチャー・課題の洗い出しから伴走するサービスも紹介。東急ストアやコープみやぎでワークショップを実施しており、今後は開発・運用のフェーズまでをジャイナミクスとも連携しつつ、提案・支援していく構想があるという。

ただベンダー各社が積極的にAI活用サービスを開発する一方、小売業の反応がいまいちと語るベンダー担当者は少なくなかった。投資対効果が一番の理由と見られるが、ある担当者は日本の小売業はAI以前の段階にいると指摘。「日本の小売業はまだまだ仕事がアナログ。注文がFAXや伝票で行き交っているほどで、データ化されていないことにはAIも判断できない。まずはデータ化することが必要。それが次のAI時代に適応するための前提条件になる」と語る。
商品情報共通化の基盤整備が業界横断で進む
そうした中で、売り場の情報化よりもひと足早く整備が進みそうなのが商品情報だ。こちらは経済産業省が音頭を取り、業界内での商品情報共通化の基盤整備を進めている。商品情報の現状は、メーカーや卸による取引先ごとのデータ入力が発生しており、その作業時間は商品情報の授受だけで年間30万人月と言われている。理由は各社都合の管理が常態化しているためだ。
ただそれがデジタル化の阻害要因となっていることに加え、各社人手不足にも直面。そこでこのムダを省きつつ、正確な情報伝達とともにDXを通じた新たなマーケティングに生かしていこうというのが経済産業省の狙いだ。具体的にはメーカーと、卸・小売業の間に産業横断レジストリーをかませ、メーカーはそこに直接、あるいは食品メーカーならインフォレックス、日用品メーカーならPALTAC・あらた・プラネットによる合弁会社プロダクト・レジストリ・サービスに登録する。それらの情報も産業レジストリーと連携され、卸や小売業は産業レジストリーから情報を取りにいく形になる。
これにより流通の余計な無駄が省けることが小売業のメリットにもなるが、商品情報の整備自体は小売業にも大いに当てはまる課題でもある。理由は攻め・守りのデジタル化においてますます必要になっているからだ。例えば大手ECサイトでの販売一つとっても、商品登録時にはそのサイトが求める情報が必要で、その入力作業も馬鹿にならない。さらに足元で追い打ちをかけるのが、米国や中国で見られるエージェンティック・コマースの台頭だ。チャットGPTやグーグルのジェミニなどのAIによる提案で商品を購入する消費者が少しずつ増えており、この時、小売り側が必要な商品情報を整えていなければ、AIに発見されることすらないのだ。
またPB開発が進む中、自社の商品情報は差別化の重要な要素ともなる。商品ごとに独自のタグ付けを行えばその商品に向いているお客に対して提案ができ、従業員が商品についてお客に尋ねられた際に従業員専用アプリで検索して回答するといったこともできるが、それが整っていなければそうした活用もできない。「実は商品情報の整備に悩んでいるIT担当者は少なくない」(大手小売業IT担当者)という。
こうした状況も踏まえ、経済産業省はリテールテックに合わせて「商品情報プラットフォームを活用した新たな流通DXコンテスト」を実施。「サイバーリンクス」「Pioneerwork」「Lazuli」「エクスポート・ジャパン」「10X」の5社が受賞企業に選ばれた。
その中の1社、LazuliはNRFにも出展したベンチャー企業だ。同社の強みは対メーカー向けにはテキスト、画像、PDFを自動収集してAIが登録作業を構造化する。流通業に対しては、ECなど各種チャネルへのフォーマットに商品情報を自動変換する。また商品説明文からタグも生成、顧客ニーズに対する商品情報の最適化にもつながることから、メーカー、小売り双方からの引き合いが増えているという。

肝となるタグ付けでは、三菱食品と資本提携を結んでいるSENSYが、生活者の行動データなどから行動を決定づける感性的因子を取り出し、商品にタグ付けする技術を特許取得している。顧客分析や商品開発向けに提供しているほか、発注や在庫管理にも応用できることから、自動発注システムの裏側に組み込まれてもいるという。

小売業がAIと伴走するには、まず売り場と商品の活かせる情報化が不可欠。人手不足の現状とAIによる投資効果の両面をにらみながら、当面小売り各社の照準はここに当たりそうだ。(本誌・加藤大樹)
















