そう言えばと思わせる話が冒頭に出てくる。まだ記憶に新しい、ニトリホールディングス(HD)とDCMHDによる「島忠」争奪戦だ。島忠は、首都圏を中心にホームセンター兼家具量販店を展開。ニトリが台頭するまでは国内トップの家具量販チェーンだった。首都圏の一等地に数多くの店を持っているのも特徴だ。その買収に名乗りを上げたホームセンター売上高ランキング2位のDCMHDと、ホームファニシングストア最大手のニトリHDは、いずれも北海道が出自の企業。肥沃な商圏で恵まれた経営条件で育った小売業を、人口が少なく都市と都市の間が離れ、店舗展開や物流にかかるコストや手間も大きい経営のハンデを負った北海道の小売業2社が買収に動く皮肉。北海道の小売業がなぜ強いの謎解きの「プロローグ」から本書は始まる。
小売業に多少とも関わりのある人は、北海道には、ユニークで企業力のある小売業が意外に多いことに気付いているだろう。本書でもセブンイレブンも勝てなかったコンビニとして紹介されているセコマ(セイコーマート)もその1社だ。セコマの特徴は幾つかあるが、代表的なものは自らが工場を持つ製造小売り。そしてFC経営でなく直営店経営であることだ。つまり既存のコンビニ経営から脱け出し、独自のビジネスモデルを創り出している。それが人口減少と過疎化が進む北海道での生き残り策となっている。
コープさっぽろは、宅配「トドック」で「ポツンと一軒家」でも札幌と同じ買い物ができる仕組みを整え、2021年度(22年3月期)の宅配供給高は1085億円と1000億円を突破している。トドックの配達車両1台が1日配達に回る数は平均80軒。単純計算で1日当たりの供給高は42万円。これはセイコーマートの平均日販とほぼ同じ水準である。配達車両は約1000台あり、土日を除いて道内でフル稼働している。つまりトドックの規模感は、道内で1000店をチェーン展開するセコマとほぼ同じということになると著者は言う。これはコープさっぽろが宅配で店売りに頼らない経営体制を整えていることを意味する。
本書の出発点では、メリルリンチ証券シニアアナリスト(当時)の鈴木孝之氏が1998年に発見した「北海道現象」が紹介されている。「不況に見舞われた北海道の消費者が、店の価格、品質、サービスを真剣に吟味し、購買投票権を厳格に行使した結果、各業態(フォーマット)のトップ企業に支持が集中した」と。生活防衛に迫られた消費者が複数の店を買い回りし、比較検討した結果、食品スーパーのラルズ(現アークス)、総合スーパーのマイカル北海道(現イオン北海道)、ドラッグストアのツルハ(現ツルハHD)、ホームファニシングのニトリ(現ニトリHD)が北海道で勝ち残り、全国へ羽ばたいた。
その北海道現象の本質を、岡田卓也イオン名誉会長相談役は、「業態の改革」と指摘。ツルハは薬屋でなく、ニトリは家具屋ではくくれない。北海道で成長している店は生活者の発想でできた新しい業態と言えるだろうと結論づけている。両者の指摘は、物価高で生活防衛に苦しむ現状の世相とも重なる。勝ち残りと新たな業態開発のヒントを北海道の流通史を紐解くことで本書は教えている。
奇跡の小売り王国「北海道企業」はなぜ強いのか
〈著者〉浜中 淳
〈発行所〉講談社(税込 1320円)